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エッセイ『そうだ、この街の地図をつくろう』

この季節の外ランチは最高だ。
お店に向かって歩いているだけで、ポカポカ陽気と心地よい風で、自然と笑顔がこぼれてくる。

同僚と職場の情報交換やプライベートな話題のおしゃべり。特にこの時期は、ホワイトデーや桜、人事異動等、ちょっとしたことを理由に、女子力の高いオシャレなお店でテンションを上げる。

ランチタイムは最大の気分転換だ。

ところが、新型コロナウイルスが広がり始めてから、一人ランチが多くなった。それならせめてと、好きな天丼をカウンター席で食べたり、ちょっと歩いてフレンチトーストとコーヒーで読書など、普段できないことを楽しんでみた。

それも束の間。
とうとう、在宅勤務が始まった。
そしてランチタイムは、一番つまらない時間になってしまった。

楽しい外ランチのあてがない。住んでいるとはいっても、この街でランチや夜ご飯を食べることはほとんどないからだ。

急行電車が止まるのが不思議なくらい、小さな駅。
駅前にはロータリーも駅ビルもタクシー乗り場もない。高架工事がされていないため、いわゆる開かずの踏切で、いつも渋滞に悩まされる。駅前にある店といったら、立ち食い蕎麦、牛丼、テイクアウト専門の揚げ物屋、それにインド人がいつも戸口に立っているカレー屋だ。

もちろん、少し歩けば食堂もある。食堂だって美味しいお店はたくさんある。だけど、お腹はいっぱいになっても、私のハートは満たされない。

かといって、狭い部屋で一人きりで食べるのは侘しい。そこでとりあえず、気になっていたピザの店に行ってみた。

ここは夜も結構賑わっているのだけれど、土日のランチともなれば、近所の親子連れ常連客の集会場所になっているのか、店の前は自転車だらけだ。だからこれまで、ちょっと敬遠してきた。

平日ではあるが、お昼の時間を少し外して13時過ぎに行ってみると、お客さんの数はちらほら。広めのカウンター席で、意外にもゆったりランチができた。

ふと壁を見ると「Special Thanks」として多くの名前がおしゃれな手書き風文字で壁一面に書かれていた。同世代の店主。小さなお店。沢山の人に支えられてこのお店があるのだなと、少しの時間、思いを巡らせた。いい時間を過ごせたなと嬉しかった。

最初の嬉しい発見に背中を押され、次は別のパスタ屋さんに入ってみた。
小さな店内は空いていたにもかかわらず、隣のテーブルの声が大きくて閉口していたら、お店の人が「スイマセンね」といって、カウンター席に案内してくれた。その上、食後のコーヒーにクッキーをつけてくれた。

それをきっかけに、そのままカウンターでおしゃべりに花が咲いた。
私が歌を歌うことを伝えたら、同世代のシェフが、修行をしていたイタリアの小さな街が地震で被災した時に、合唱ツアーを組んで支援しに行った話をしてくれた。イタリアへの感謝と愛情を感じた。
そして、地元でお店を開拓したいと伝えたら、近所の美味しいお店をいくつか紹介してくれた。商売敵ではないのか思うが、地元が元気になったらいいじゃないかという話で盛り上がった。

楽しく、心温まるランチだった。

その後、シェフが紹介してくれたお店を一軒ずつ訪ねた。
ソースが抜群に美味しい老夫婦が営む洋食屋。季節ごとに仕入先を変える、こだわりの手打ち蕎麦の店。店先のチラシで、駅の向こうにフォトジェニックな古民家があることも知った。歩いているうちに、ビーガン専門店、シフォンケーキ専門店、食パン専門店、店飲みができる酒屋などを発見。小さい街だけれど、結構こだわりの専門店が多いことに驚いた。しかも、どこも駅から徒歩10分圏内だ。

「自転車通勤で、通り過ぎていたのだな」

子供の頃から引っ越しが多く、海外に住んでいた時期もあったため、いわゆる地元意識を持ったことがなかった。この街に住んで10年以上経つが、子供がいるわけでもなく、仕事ばかりの毎日で、自分の住んでいる街に興味を持ったことがなかった。

皮肉なことではあるが、今回の在宅勤務をきっかけに、地元との触れ合いが生まれ、私の中で変化が起きた。

最後に、偶然みつけた天然酵母のパン屋の話。袋を開けたら、手書き文字のチラシが入っていて、そこにはこんなことが書いてあった。

「大変な世の中ですが、こんな時でも道端に咲いている花は生き生きとしていて、見ているだけで癒やされます。私たちのお店もこの先どうなるか分かりません。営業自粛に追い込まれるかもしれませんが、その時までギリギリまで美味しいパンを届けたいと思います。
私のやっている音楽もほとんどのイベントがキャンセルです。思うところは色々ありますが、沈んでいても仕方ないので、この時期は練習時期と捉えて前向きに行こうと思います。
止まない雨はないのです」

いま、閉塞感のある毎日だ。
そんな中で、初めて地元に目が向いた。意外にも同世代が多く、自分とは違う分野で、生き生きと、歯を食いしばって頑張っている姿に触れた。

「私にしか描けないこの街の地図をつくってみようかな」

そしてその地図の中で、街を元気にする手伝いをする自分自身の姿も、描けたらいいなと思った。

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