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Afterコロナの観光業はどうなる?前向きなことだけ考えてみた(後編)

後編です。前編はこちら

3.本質的な運営力が問われる正攻法の戦いって悪くない

新型コロナウィルスの波が日本に押し寄せてきた3月以降、宿泊業界はどのような経過をたどったかというと、まずインバウンドが消え→飛行機や新幹線で来る遠方から利用客が消え→最後に自家用車で来るような近距離からの利用客が消えました。加えて団体旅行か個人旅行かで言えば、団体が先に消え、その後に個人です。

折しも3月は学生の卒業旅行シーズンということもあって、海外旅行を予定していた学生達が国内にシフトしたのか、軽井沢や草津などの人気観光地はむしろ日本人の若者で賑わっていたなどという話もありましたし、GWも場所によっては相変わらず満室だったという話も聞いたので、(感染拡大防止の面からはそれでいいかは別として)「国内」「個人旅行」に関しては、完全に消えることはなく、来ているところには来ていた、ということのようです。

そして、緊急事態宣言が解除され、これからどのように回復していくかというと、まさにこの逆で、近距離からの客が戻り→国内の遠距離からの客が戻り、最後にインバウンドが戻ると予想されています。団体旅行に関しては、そもそも密集で行動することを考えると、日本人・インバウンドに関わらず当面戻らないかもしれません。

これを事業者の立場からみてみると、もともと利用客の大部分を日本人の個人旅行が占めていた事業者は比較的ダメージが少なく(あくまで比較的です!)、利用客の大部分をインバウンドしかも団体利用が占めていた事業者はもっともダメージが大きかったことになります。
では、この利用客の客層の違いは、なにによるものか?という話なのですが、もちろん、事業者ごとの戦略や地域特性による部分も大きいのですが、実は、その事業者の「宿を運営する能力」によります。かなり乱暴な言い方をすると、運営力の高い宿は総じて日本人・個人利用が多く、運営力が低い宿は総じてインバウンド・団体旅行が多いのです。
前編の「1」でも書いたように、地域のディープな魅力を引き出しそれをアピールする能力に長けていたり、高いサービスで地域の人たちの憧れになっていたような宿は、どんなにインバウンド市場が伸びているなかでも、集客の8割9割を日本人なおかつ個人旅行が占めていました。特にリピーターによるファンづくりができていたような宿は、自粛期間中もファン同士がSNSで発信し合い、再び旅行できる時には必ず行きます!と想いを強くしています。なんならすでに将来の宿泊券を購入済みかもしれません。こういった宿は、客層のことだけでなく、そもそもの運営力が高いので、危機にも素早く柔軟に対応している様子が伺えます。

一方で、インバウンドまたは団体旅行の比率が高かった宿は、よほど明確な戦略性をもっていた場合を除き、比較的単純な戦術で集客しやすいインバウンドまたは団体旅行に「依存していた」可能性が非常に高いのです。概して変化に対応するだけのスピード感や思考力を持ち合わせていないと言えます。

つまり、抱えていた客層が、たまたま回復期において有利に働くだけでなく、どんな客層を抱えていたかは、その宿の運営力そのものを象徴していると言えるので、今回のような危機に対して力強く立ち向かっていけるかどうかに、ダイレクトに結びつくのです。

そもそも新型ウィルスに関わらず、観光業はとてもリスクに弱い業界です。生活必需品ではない以上当たり前ですが、自然災害や経済不安といったものの影響を露骨に受けます。ほんの些細な噴火のニュースや、どこどこで暴動が起きたといったニュースでも、実際には現地にほぼ影響がないにも関わらず予約のキャンセルが相次いだなんていう話はザラです。つまり、そもそもリスクに強い経営体制づくり、例えば客層を分散させるとか、できるだけ経費を削減させる、または変動費化させるといった準備ができるかどうかは、宿泊業をやる上で必須課題です。にも関わらず、インバウンド景気やオリンピックに沸き、安易な開業や経営をしていた事業者が多かったことも事実なので、今回を機に淘汰されるのは悪いことばかりではありません。

私が特に前向きにとらえたいと思っているのは、この勝負を分けるのが、純粋な「運営力」によるものという点です。例えば資金的な後ろ盾の有無や、企業としての知名度などによるものだったとしたら、なんだかやるせない気持ちになってしまいます。でも、今回の勝負は、資金力の有無や会社の知名度に関係なく、たとえ「持たざる者」でも、知恵とスピード感とアイディアがあれば十分戦える、むしろそれこそが武器になるのです。これってなんだか真っ向勝負!という感じがして、「もたざる者」としては悪くないな、という気分になりませんか?

4.宿泊業の衛生管理力、リスク管理能力を侮るなかれ

新型ウィルスの到来という未曾有の状況に、どの業界の皆さんも慣れない消毒作業やソーシャルディスタンスに追われています。まるで「未知との遭遇」といった様相で、これまで考えてもいなかった不慣れな行動様式を強いられていますが、ただ、宿泊業の皆さんは比較的すんなりと受け入れたのではないでしょうか。
というのも、宿泊業はもともと未知の病原菌やウィルス、害虫などに襲われるリスクが高く、なかには新型コロナウィルスよりもはるかに危険度の高いものに直面する恐れが常にあります。世界各国からやってくるお客様が、空港を経てまずいきなりやってくるのがホテルです。日本にはない病気や虫を連れてくることは十分考えられます。また、飲食を提供していれば、食中毒、ノロウィルスといったリスクを抱えてみます。新型コロナウィルスそのものを予測している事業者は少なかったとしても、それに近い備えは常にあったはずなのです。

自分の経験を思い出してみても、例えば、出勤したら必ず手洗いをして、それを他のスタッフと確認し合うのは義務でした。客室清掃の際は、換気、アルコール消毒もしていました。お客様がホテル内で嘔吐したと聞けば、まずはノロウィルスを疑い完全防備で処置にあたっていたものです。(ノロウィルスは空気感染。接触感染の新型コロナウィルスよりはるかに感染力が高いのです。)正直なところ、一般的に宿泊業界がとっている衛生管理ができていれば、新型コロナウィルスの感染力そのものはさほど怖くはないはずなのです。

ちなみに前職では、私が入社した十数年前の時点で、新型ウィルスによる世界的な流行で会社が休業に追いやられるというシミュレーションはすでにありました。外出自粛が続くことに備えて、一定程度の食料を自宅に確保することも義務づけられた記憶があります。「パンデミック」という言葉もその時に知ったので、当時同じ会社にいた先輩や同僚たちとは「懐かしい」とすらいい合っていたくらいです。

3でも書いたように、宿泊業、観光業はリスクに弱い業界。裏をかえせばリスクヘッジが得意な業界でもあるのです。その点は胸を張っていいと思います。

5.相対的に宿泊業の価値はあがる

現代は地球の裏側でさえわりと気楽に旅行に行ける時代になりましたが、そもそも気軽に飛行機や新幹線で遠くまで旅行に行くこと自体、本来はなかなか大層なことなはずです。コロナ禍で「当たり前が当たり前ではなくなった」という表現がよくされますが、旅行に関しては、当たり前のことだったということ自体、価値をやや軽く捉えすぎだったのではないでしょうか。
人間誰しも「失ってはじめて大切さがわかる」ことはあるもので、旅行に行っちゃいけない!と言われたことで、かえって行きたくなった、という人は多いはず。次にいつ行けるようになるかはしばらく読めませんが、ただ、以前よりは「気軽に旅行に行くこと自体、ぜいたくなこと」「海外旅行は人生で数回あるかないかの貴重なもの」という、原点回帰が起きるのではないかと感じています。貴重な機会ならば量より質で、その旅行をとことん楽しむ、どこに行きどこに泊まるかじっくり慎重に選ぶ、という姿勢になってくれれば、提供する側からすれば腕が鳴ります。もともと日本の旅行市場は単価が安すぎるという指摘もあり、もしかしたら相対的な単価アップも期待できるかもしれません。

宿泊業を提供する側のスキルについても同じです。現在世の中は、人と直接会って話をする、他人同士が時間や空間を共にする、ということが急速に減っています。ある程度状況が落ち着いても、感染リスクとは関係なく、オンラインで済むものはオンラインで、実際に会わずに済むものは会わずに、というスタイルは加速するはずです。ただでさえ「電話にでるのが怖い」と言っている世代もいるくらいですし、私個人も会わずに済むなら会わずに済ませたい時は多々あります。つまり、おそらく人は時代とともに加速度的に「対面でのコミュニケーション」を苦手にするようになるはずなのです。
そのなかで、あくまで「現地に来てもらわなければ仕事にならない」のは宿泊業です。初対面のお客様と会話し、さりげなくニーズを聞き出し、おもてなしをする、というスキルは、今でももっと高く評価されるべきだとは思いますが、今後ますます貴重なスキルになり得ます。ぜひ胸を張って、誇りをもって仕事をしてほしいな、と思います。

宿泊業、観光業、サービス業のおかれている状況の厳しさは理解しているつもりです。ですが、やけになって無理に前向きに考えようとしているわけでもありません。「オリンピックがくるから宿泊業は儲かる」という謎の機運と、あやしげなデータだけを頼りに、なんのこだわりも覚悟もない事業者が参入していたのも事実です。淘汰は悪いことではありません。気骨をもって、宿泊業、観光業、サービス業にあたっていた人にとっては、必ず追い風になるはずです。もちろん努力も知恵も必要なので、一筋縄ではいきませんが、ちょっと腕が鳴っていたりもします。



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