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入るを量りて出ずるを為す

来年度の予算、税収が足りないんだって?
固定資産税を少し余計に積んでおくかい?
評価替えの年だから少しくらい数字をいじってもわからないって
#ジブリで学ぶ自治体財政

私が財政課長だったころ、福岡市役所のすべての予算を束ね、枠配分予算と言いながらも各事業の生殺与奪を握る最高権力者(笑)だった私がどうしても頭が上がらなかった課長が市役所の中で一人だけいます。
それは税制課長。市税収入を統括する担当課長です。

予算編成といえば皆さんは各部門で担当する施策事業にいくらお金をかけるかという支出部分のせめぎ合いしかご存じないかと思いますが、その裏側で実は財政課と税制課との間で翌年度にどのくらいの税収が見込めるのかについて激しい折衝が行われています。
個人市民税、法人市民税、固定資産税等、福岡市の市税収入は当時で2千8百億円、福岡市が自由に使途を定めることができる一般財源の7割を占めており、財政課としては、その見込み額の多寡で各部門が要求してきた支出にどのくらい裁量を持って財源を配分することができるかが決まるわけですから、なるべくその額は大きいほうがいいに決まっています。
しかしその税収見込みを定めるのが税制課なのです。

予算編成になると毎年税制課で過去からのトレンドや年度前半の税収の状況、今後の景気動向などを見ながら翌年度の税収を税目ごとに細かく推計をしていくわけですが、これがもうカタイのなんのって(涙)
過剰に見込んで決算で穴が開いては大変なので、堅実に、低めに、安全側で見積もるのは仕方ないのですが、厳しい財政状況のなかで少しでも枠の配分や個別の査定で余裕を持たせるために少しだけでも上を見てもらえないかと毎年懇願していましたが一切ゼロ回答。一顧だにしてもらえませんでした。
同じ財政局内なのに、もう少し融通利かせてくれてもいいじゃないか。
税制課が少しだけでも甘めに見積もってくれたらそれだけでこちらの査定も楽になるし、現場にも少しでも余裕を持った予算を措置できるのに。
財政課長時代はそんなことも考えたりしていましたが、今振り返って思うとそれは食べてはいけない禁断の果実。
お金がないと泣きついても振り向きもしなかった税制課長のあの厳しさのおかげで、私は「入るを量りて出ずるを為す」という財政運営の基本的な考え方が身についたのだと思っています。

実際に、過剰に税収を見積もって予算を組んだとして、実際にそれだけの税収が入ってこなければどうなるのか、考えてみましょう。
自治体の予算は「会計年度独立の原則」ですから、その年度に入ってくる収入で支出を賄うのが原則で、予算では赤字にならないよう収入と支出は同額で置かれています。
議会では年度の収入と支出の計画について一括して議論し、予算案として採決を行いますが、予算案が可決したあとは、支出についてはそれぞれ事業担当課に予算が振り分けられ、予算で認められた金額の範囲でそれぞれの事業に使っていくことになります。
それぞれの支払いに関して各担当課で契約に基づく支出金額を確定させていきますが、これらの支払いが必要な時期にもし税収が不足し、払うお金が足りなかったらどうするのでしょうか。

自治体の会計では、支出が必要な時期は様々で、収入の入ってくる時期とのギャップがある場合は、金融機関から一時的に借り入れを行うことが可能ですが、これはあくまで短期の資金繰りであって年度をまたぐことはできません。
年度での税収が予算よりも少ないことがかなり早い段階でわかれば、各事業担当課へ通達し年度の途中で予算の執行を抑制することもできますが、ある程度事業が進捗し、支出がある程度確定したあとで税収が不足することがわかると厄介です。
最終的に支出の決算額が収入の決算額を上回ってしまう場合に取れる方法は「基金取り崩し」と「繰り上げ充用」の二つだけです。
基金取り崩しは、過去の決算で収入が支出を上回った場合の余剰などを貯めている貯金を崩して収入不足に充てるというもの、「繰上充用」は翌年度の収入から前借りし翌年度の収入で返済するというもので、これは1年後に必ず返さなければいけない短期的な借金です。

前回、国が予算を組む場合に支出に比べて収入が足りない場合には赤字国債を発行することを予算で定め、その借金で収支の均衡を図ることができることをご説明しました。
地方自治体の歳入不足に伴う繰上充用は翌年度での返済を歳入歳出予算で明らかにしなければならず長期化しないための歯止めはありますが、国の赤字国債は返済期限はあるものの借り換えも可能ですから実質、無期限ということになっています。
このような方式で収入の額を予算の段階でコントロールできるという魔法の杖を手に入れてしまうと支出を抑制することなどできるはずがありません。
「足りなければ借りればいい」という逃げ道があると「足りないから無駄な支出を抑えよう」という意思が働きづらくなることは個人が消費者金融などで生活費の不足を補填してしまう気持ちと同じです。
一度借りることに慣れてしまうと本来の収入の範囲に生活水準を落とす努力を怠り足りない分をさらに借りてしまうことになってしまいます。
その連鎖がどういう結果を招くのか、皆さんもわかりますよね。
国の赤字国債には年度を追うごとに膨張していく歯止めがないことが最大の問題ではないかと思っています。

福岡市では、税制課の厳しい税収見込みのおかげで予算編成においては限られた財源の範囲内で必要不可欠な施策事業に厳選して予算を付けるということが伝統的にできています。
収入を過剰に見込むような甘えを許さず、お金がないなかで限られた財源をどう有効に使うかというゆるぎない姿勢を貫いていることが全庁的に染みわたり、これが枠配分予算における自律経営意識の浸透につながっているのです。
福岡市では、予算時点では税収を堅めに見込むので、決算では当然予算を上回る税収をあげ、結果として毎年80億円程度の決算剰余金が出ています。
この時ばかりは「予算の段階でこの1割でも余計に税収を見込んでくれていたら」と言いたくもなりますが、この決算剰余金のおかげでいざというときにための財政調整基金に安定的に積み増すことができ、このコロナ禍で緊急対策の資金が必要になった際には思い切って財政出動できたわけですから、改めて税制課の堅い守りの姿勢に感謝したいと思います。

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