見出し画像

人は見たいものしか見ない

人口減少社会の到来?
うちには関係ない話だよ
今でも年率1%近く伸びてるし
税収も過去最高を更新中
書き入れ時に水を差すなよ
#ジブリで学ぶ自治体財政
 
静岡県御前崎市は、市の財政状況について、2024年度に大規模な財源確保策を講じなかった場合、2025年度に財政調整基金残高が0円になるとの見通しを市議会予算決算審査特別委員会で示しました。
2011年に同市内にある浜岡原発が停止して以来、固定資産税などの税収が大幅に落ち込んだ一方、新たな歳入確保や歳出削減が追いつかず、財調を取り崩しながら市政運営を続けてきており、2024年度当初予算を編成する中で、財政破綻を回避するための抜本的な行財政改革を模索していると報じられています。

先日の徳島県阿南市の報道の件でも触れましたが、財政調整基金は,毎年度の収入と支出の差額である「決算剰余金」を積み立てたもので,将来,何らかの財政需要が発生したときに取り崩し,その年度の収入として使うことができる,年度間の財源調整の役割を果たすものです。
お金が余ったときの余裕をお金が足りないときに備えて取っておくための基金ですので、浜岡原発が稼働を停止し、原発関連の収入が途絶えたことで減ってしまった収入を補うために基金を取り崩して「一時的に」補てんしたこと自体は基金の趣旨に叶ったものだと思います。
しかしながらここで問題なのは、原発の稼働停止から12年が経過し、国内の原発への厳しい世論から未だに再稼働が見込めない中で、基金を取り崩し続けてきたその財政運営にあります。
 
ここでも先日同様「会計年度独立の原則」を思い出してみましょう。 

この記事で取り上げた埼玉県新座市の財政危機宣言のポイントは、「毎年度必ず実施しなければならない事業費は、毎年度必ず入ってくる収入で賄っていける財政構造を構築すること」です。
繰り返しになりますが,地方自治法第208条第2項には「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもつてこれに充てなければならない。」とあり,原則としてある年度に必要な支出の財源は,同じ年度内の収入で賄うことになっていることはすでにご承知かと思います。
しかし,新座市の例でも,また今回取り上げた御前崎市の例でも,毎年の収入が減り,その状態が継続しているにもかかわらず,毎年行っている行政サービスを見直すことよりも,貯金の取り崩しや資産の売却といった財源調達を優先していたというわけです。
継続的な収支の不均衡を基金の取り崩しで補っていけば、いずれ基金が枯渇することは予見可能です。
御前崎市では財政調整基金の残高は2015年度の88億2千万円をピークに徐々に減少し、2024年度は約14億6千万円まで減少すると報じられています。
基金の取り崩し額は9年間で73億6千万円、年平均で約8億円ですから、あと数年で基金が枯渇することはわかっていたはずなのですが、なぜこんなことになってしまったのでしょうか。
 
この報道には気になる点がありますが、皆さんお気づきでしょうか。
「財調に代わる新たな財源確保策を見いだせなければ赤字財政に陥り、2025年度予算が編成できなくなる可能性があるという。市は今後4年で15億円程度の財源確保策を実施できたとしても、2027年度には財調が底をつくと試算している。当面は市有財産の売却や譲渡を進めるとともに、ふるさと納税などで収益向上を図る考えだが、抜本改革が不可避。」
なぜ、収入減少への対応策が別の財源を確保するという視点でしか述べられていないのでしょうか。
地方自治法第208条第2項の条文をもう一度読んでみましょう。
「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもつてこれに充てなければならない。」
収入が減少すれば当然、その収入で賄える範囲に支出を抑える、すなわち歳出削減のための施策事業の見直しに取り組むことが基本原則であり、先ほどご紹介した新座市の財政危機宣言はその原則に立ち返ることを改めて宣言したもの。
原発稼働停止で収入が減少した御前崎市ではなぜこれまでの間、歳出削減の検討が行われなかったのでしょうか。
 
とはいえ自治体にとって歳出削減の検討というのはそう簡単なことではありません。
自治体の業務領域の多くは法令で定められ、自治体の裁量でその事務そのものを止めてしまうことはできません。
また、自治体の裁量が及ぶものであっても過去の政策決定を覆し、既存の施策事業を見直すことは容易ではありません。
それぞれの施策事業の政策決定においては、その必要性や効果が示されており「必要だ」「効果がある」という判断をしたという前提があります。
この前提を覆すことが自治体においてはなかなか難しいのです。
自治体は市民から預かった税金を財源とし、市民から自治体運営に関する権限の信託を受け、それを間違いなく市民福祉の向上に役立てるために各種の施策事業を実施しています。
このため「役所のすることは間違いがない」という信頼を自然と市民から得ており、そのことが日々の行政運営を円滑に行う上で大いに役立っています。
しかしながら、この「間違いがない」と信頼されている自治体がこれまでの方針を変更しようとすると「今までと説明が違う」との反発を浴びることになります。
また、自治体は個々の政策判断を自治体職員がやっているのではなく、市民から選ばれた議員が構成する議会での審議を経て合意を図り決定しています。
既存の施策事業を見直すには、これまでの自治体と市民との信頼関係を維持しつつもこれまでの説明に基づく合意を覆す新たな説明と新たな合意が必要になるのです。

「人は見たいものしか見ない」とはユリウス・カエサルの名言です。
邪推かもしれませんが、原発立地自治体特有の裕福な財源を背景にまちづくりを進めてきた御前崎市では、原発はまちづくりの中心に据えられた繁栄のシンボルであったことから、原発に対する非常に強い世論の風当たりからつい目を背けてしまい、結果として原発が再稼働できないかもしれないという懸念すら抱くことができなかった、あるいは抱いたとしてもそれを議論のテーブルに載せることが難しかったのではないかと思うのです。
これは原発というセンシティブな話題に限りません。
これまでも企業城下町として発展してきた町でその企業が経営不振に見舞われた際に事前にそのリスクを表立って議論できたか、ふるさと納税で莫大な収入を挙げた自治体がそのルールを国が変更したことで収入が大幅に減少することを想定できたか、過去の延長線上にある正常性バイアスが邪魔をしてその裏にあるリスクを見落としてしまっていたのではないでしょうか。
そういう意味で、御前崎市で既存の施策事業を見直すのは「原発信奉への揺らぎ」と「実施施策の方向転換」という二重の意味で市民へのこれまでの説明を覆すことになり、相当に困難だったと推察できます。
しかしだからと言って市民に正しい情報を開示することなく問題を先送りすることは許されません。
既存事業の見直しにはその合意形成に一定の時間を要します。
今からすぐにでも市民とともに、過去の延長線上から外れてしまった想定外の現状から目を背けることなく、正常性バイアスから解き放たれた抜本的な方策を検討、実施していくしかないのです。
 
このような状況は御前崎市だけに限ったことではありません。
全国で始まっている人口減少社会の到来は自治体単位で行う少子化対策や移住・定住の促進でなんとか食い止められるレベルではなく、現在人口が増加し活況を呈している自治体ですら社会全体の縮小に応じてその成長は限界点に達し、いずれ減少に転じます。
私たちは社会全体が縮小していくなかでそれぞれの人口の規模に見合った行政サービスの縮小を余儀なくされる時を「想定内」のこととして備えなければならないのです。
まだ先の話、自分のまちは回避できると、皆が目を背けるのはそれが自分たちのまちの存立そのものを揺るがす不都合な真実だからなのですが、直視しなかったからと言ってその事実を存在しないものとして取り扱うことはできません。
人口減少という「既に起こった未来」で目前に迫る苦渋の選択が避けらないという現実を見据えれば、今こそ、小手先の人口減少対策や目先の財源確保ではなく、自治体と市民、議会、あるいは市民同士で「社会の縮小」という目を背けたくなる現実をまず直視すること。
そして、そのことについて十分に情報共有と意思疎通を図ることができる「対話」の場づくり、苦渋の選択を乗り越えることができる意思疎通の環境整備が、最も求められているのではないかと思います。

★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
 
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
 
★書籍を購読された方同士の意見交換や交流、出前講座の開催スケジュールの共有などの目的で、Facebookグループを作っています。参加希望はメッセージを添えてください(^_-)-☆
https://www.facebook.com/groups/299484670905327/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?