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そこに対話はあるか

全額現金給付もできるようにしてくれたのね
ああ俺だって聴く耳は持ってるからな
最初からそうしてりゃ怪我しなくて済んだのよ
痛い目に合わなきゃわからないもんだな
#ジブリで学ぶ自治体財政

先の総選挙以降国政の話題を賑わしてきた18歳以下の子どもへの10万円給付については,現金とクーポンの併用給付とされたことに対して実務を担う自治体や使途の制限を受ける国民から批判の声が上がっていましたが,自治体の判断により全額を一括で現金給付することも選択肢として加えるとの判断が国においてなされました。
これを,一度決めたことでも躊躇なく再考し,よりよい結論があれば方針転換する姿勢の表れであり「英断」だと評価する声もあり,一方でいったん方針を決めて走り出しているものを,批判があったからといって方針がころころ変わるのは判断の「ぶれ」でありいかがなものかとの批判も聞こえてきます。
私は,政府としていったん決めた方針について周囲の意見を聞いて改めることができたことは評価をしたいと思いますが,なぜ最初からこの方針に至ることができなかったのかという点についてきちんと検証すべきだと思いますし,今回の方針変更を大きく報じるマスコミも,その報道を受け止める国民も,首相のリーダーシップ云々の問題に矮小化することなく,国の政策が決定される過程の在り方の問題として認識してほしいと思います。

今回の方針変更で自治体や国民から寄せられた批判は,霞が関官僚と政権与党が持つべき政府としての政策立案能力の至らなさを露呈した形になりました。
給付の実務を担う自治体現場の状況について十分な情報を持たないまま机上で制度設計を先走らせるやり方は,自治体現場にマンパワーの余力があった時代にはなんとかこなせていたのかもしれませんが,行革による定数削減や業務の多様化によりそんな余裕はなくなっており,昨今のコロナ禍対応でさらに疲弊した自治体からの悲鳴が今回の結果につながったとも言えます。
しかし,そんな状況であることがきちんと情報共有できていないという実情,そもそも政府が自治体を窓口とした政策を実施するにあたり実働部隊である自治体との意思疎通が図られないという現状は何に起因するのでしょうか。

国民から寄せられたクーポン方式への批判も,国民との意思疎通を欠いている表れでしょう。
政府は当初,景気刺激策としての効果を高めるために使用期限を設け,バラマキではなく真に子どもにとって必要な物品・サービス購入等の支援に充てるために使途を制限する,そのためにクーポン方式を採用したわけですが,給付を受ける国民からは歓迎されませんでしたし,景気刺激策としての効果や子育て支援策としての実効性の観点からクーポン方式を支持する声も上がりませんでした。
これらは,「18歳以下の子どもに10万円給付」という施策の目的が景気刺激策なのか,子育て支援策なのかが判然とせず,その目的を実現するのに最適な手法なのかということについての説明も,国民が理解し共感する機会も十分なかったことが原因でしょう。
また,政策目的が明確でないことから生じた「所得制限を設け対象を絞るべき」という議論は,その政策目的が子育て支援なのか生活困窮支援なのかで議論が分かれ,さらに現行の児童手当の枠組みを使うことで走り出したものの世帯での所得把握の問題が顕在化したことで既存の子育て支援策における所得制限の合目的性にまで議論が及び,国民の疑念はいまだにくすぶっています。
コロナ禍で疲弊した経済,国民生活への支援という緊急性はあったにせよ,その民意をくみ取る総選挙があったにも関わらず,そこで信任を与えられた政権与党の看板政策が国民からそっぽを向かれるというのは,政治家が選挙民との対話の中で民意をくみ取りそれを政治の中で実現していくという民主主義の基本的な機能が損なわれているのではないかという危惧すら感じます。
こんな政治の現状は何がもたらしたものなのでしょうか。

この現象を,実務を掌握できない霞が関の劣化,民意を測ることができない政治の劣化と批判するのは簡単です。
その劣化の要因を取り除き,改めなければ,状況は改善しないのですが,なぜこんなことになっているのでしょうか。
国と自治体,政治家と国民の情報共有,意思疎通の不足は,国側の問題,政治家側の問題として片づけられるものではありません。
国が自治体の言うことに耳を傾けてくれないのは,傾聴するに値しないと国から軽んじられているからですが,私たち自治体は国に対して彼らがぜひ聞かせてほしいという情報を提供する準備ができているでしょうか。
政治家と国民の関係も同様です。
一方的にああしてほしい,こうしてほしいと要望ばかり述べるのではなく,国家全体の実情を知り,その中で自治体として,国民として果たすべき責務を理解,納得したうえで,自らの思いを述べる。
そこには互いを尊重し,互いに理解し合おうと努める「対話」が必要ですが,私たちは国と,政府と「対話」できているのでしょうか。

「対話」は二つの要素からなっています。
まずは,先入観を持たず,否定も断定もしないで相手の思いを「聴く」。
次に,自分自身の立場の鎧を脱ぎ,心を開いて自分の思いを「語る」。
「対話」の成立に必要となる重要な構成要素は「開く」と「許す」です。
「開く」は,自分の持っている情報や内心を開示すること。
「許す」は,相手の立場,見解をありのままに受け入れること。
今回のような混乱劇が起こると必ず,国が悪い,政治家が悪いと言いがちですが,対話が成立していない原因は一方にだけあるのではありません。
国がどうだ,政治家がどうだと不平不満を述べるだけでなく,私たちは国のこと,政治のことをどれだけ理解しているのか,理解するために先入観を持たず,否定も断定もしないで相手の思いを聴き,相手の立場,見解をありのままに受け入れることができているか,ということについても少し顧みてみてはどうかと思います。

政策を立案し国家を運営する政府が,その実働を担う自治体や,その政策の恩恵を受けつつその国家運営を労働と納税で支える国民と意思疎通ができないという由々しき事態の原因を解き明かし,それぞれの立場でその改善に努めなければ同じようなことがまた起こります。
政治は私たち市民の写し鏡なのです。
とはいえ,我々が国と対話できるようになるためには国もまた我々のことを理解するための対話の努力を怠らないことが必要ですし,そもそも市民の行政運営リテラシーを高めるためには,市民に対して行政運営の実情を開示する姿勢,市民が理解できる情報を適宜提供する取り組みが公務員の職務として必要だということも,この場で何回も書いていますけどね。

★自治体財政に関する講演,出張財政出前講座,『「対話」で変える公務員の仕事』に関する講演,その他講演・対談・執筆等(テーマは応相談),個別相談・各種プロジェクトへの助言・参画等(テーマ,方法は応相談)について随時ご相談に応じています。
https://note.com/yumifumi69/n/ndcb55df1912a
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
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