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手段のない目的は絵空事

銭のないやつあ俺んとこへ来い
俺もないけど心配すんな
見ろよ青い空白い雲
そのうちなんとかなるだろう
#ジブリで学ぶ自治体財政

財務事務次官の寄稿の話,昨日で打ち止めにしようと思いましたが,書き損ねた話がありますのでもう少しお付き合いください。
今回,事務次官の個人の意思として赤字国債頼みの財政運営への危惧を表明されたわけですが,ネット上では「政策推進よりも財政健全化が優先するのか」「プライマリーバランスの健全化しか頭にない」「増税に向けての地ならしだ」といった批判的な意見が寄せられています。
普段から財務省が国民からどのようにみられているかということの証左なのですが,かつて自治体の財政運営を預かる金庫番だった自分と重ね合わせ,とても歯がゆく,悔しい思いをしています。

今回,事務次官が表明した意見のなかで中心的な主張である,借金に依存せず限られた収入の範囲内で予算を組み,収入と支出の均衡を図りたいという考えはそんなにおかしなことでしょうか。
財政法第11条「各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない」,地方自治法第208条第2項「各会計年度における歳出は、その年度の歳入をもつてこれに充てなければならない。」はいずれも,国も地方自治体も原則としてある年度に必要な支出の財源は同じ年度内の収入で賄う「会計年度独立の原則」を定めたものです。
もちろんこれは原則で,例外が認められているからこそ赤字国債を財源とした政策推進が可能なわけですが,政策として実現すべきことがあればどれだけ借金をしてでも実行しなければいけないのでしょうか。

赤字国債が国を破綻させるわけではないという経済理論を振りかざす人でさえ,国民の税金をすべてタダにして,国民が求める施策の歳出に必要な財源はすべて赤字国債で賄えとまではさすがに言いません。
国民それぞれの担税力に応じて納める税を財源とし,その再配分によって富の偏在を均す社会的相互扶助を民主主義のプロセスで決定し実行していくことが我が国の国家財政運営の原則とされていることは,多くの国民が当然のこととして理解しているはずだと思います。
この原則が理解されているにも関わらず「要るものは要る」「必要な施策のための経費は借金してでも賄わなければならない」と主張される方が少なからずおられるのはなぜなのか。
国民,市民が求める施策について,その必要性,妥当性がある程度あれば,その施策に必要な経費を予算計上するのが当然だという認識のもとに,それを阻む財務省や全国の自治体の財政課が悪の権化のように見られるのはなぜなのでしょうか。

財務省が,あるいは全国の自治体財政課が,予算編成の過程で寝る間も惜しんで各省庁,各部局からの膨大な歳出予算要求に対して必要性や緊急性を吟味し経費の精査を行うのは,いったい何のためなのでしょうか。
それは,歳出に振り向けることができる財源が限られており,その限られた財源を有効に配分し,国民,市民の便益を最大化するためです。
しかし,予算編成で繰り広げられる議論のほとんどは「その事業の実施は必要か」「経費の積算は適切か」という論点が中心です。
その議論は最小の経費で最大の効果を上げるために行われているというのが施策予算の拡充を求める現場職員,議会,市民の理解で,収支を均衡させなければならないこと,充当できる財源は有限であることについてはほとんど意識されていない。
これもまた,常に私が論点としてお示ししている行政運営リテラシーの欠如の一例であり,このことが財務省,財政課が悪の権化として目される理由です。

確かに財政健全化はそれ自体が目的ではありません。
政策推進に必要な財源を継続的に確保できるよう,財政の健全性を確保する。
それは政策推進という目的を達成するための手段にすぎません。
しかし,いくらバラ色の未来を目指す政策を声高に吹聴しようとも,その実現のために必要な財源の裏打ちがなければ絵に描いた餅にすぎません。
目的のない手段は無意味な作業ですが,手段のない目的はしょせん絵空事。
政策実現のためにその財源のことを考えるのは当然のことであり,そのことを脇に置き,見えないふりをして政策の必要性だけを論じては,議論が偏ってしまいますし,実現可能性に疑問を呈せざるを得ません。
それなのにそこにコロナ禍という不安心理と赤字国債という打ち出の小づちがあることで,ますます議論がわかりにくくなっているのです。

新たな政策に必要な財源を生み出すためには,既に実施されている他の施策に充てている財源を圧縮するか,あるいは国民,市民に新たな負担を求めるか,いずれにせよ何らかの痛みを伴うことが当たり前。
何か得るものがあれば必ず同等のものを失う構造になっていることを財務省,財政課だけではなく,施策を推進する立場の現場職員,議員,すべての国民,市民が知っておかなければならないはずですが,そんな簡単な理屈も知らしめていないのは,私たち財政を預かる者たちが「寄らしむべからず。知らしむべからず」と情報の共有に消極的だったからで、このことは反省しなければなりません。
しかし,その反省に立ったうえで,収入の範囲内で支出するという当たり前の制約条件,「何を実施すべきか」と「その財源をどう手当てするか」は同時同列に論じられなければならないという現実を改めて国民,市民に知ってもらうための努力が必要であり,その意味で今回の次官発言にエールを送り,今後の財務省から国民への情報発信を見守りたいと思います。

★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
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