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足りないのはお金ではなく

相手に自分を理解してもらうんじゃない
自分が相手を理解するんだよ
相手が自分をなぜ理解できないかを含めてね
そうすればわかるはずだ 自分に何が足りないかがね
#ジブリで学ぶ自治体財政

2ヶ月ぶりのジブリシリーズは2連投(笑)
全国の自治体財政課職員が悩みのトップに掲げる「事業の廃止縮小」が難しく,思うように進まない,その根本原因と解決策に迫ります。
前回は,限られた財源の範囲内で収支均衡を図るために必要となる事業の廃止縮小が進まないのは,市民が自治体財政の全体構造を理解し,個々の事業の廃止縮小の必要性,妥当性を理解することができないから,というところまで考察を進めましたが,では,なぜそういう状態なのでしょうか
どうすればその状態は解消できるのでしょうか。
また,誰がこの状態解消の責務を担うのでしょうか。

選挙で選ばれた市長も、それを選んだ市民も、公務職場で仕事をしている我々公務員と同等に自治体財政の知識を持ち合わせているわけではありません。
市民が、首長が,自治体財政のことをよくわかっていないと嘆く前に,まずは自治体運営の「中の人」としてそのイロハを理解しているはずの職員自らが、自治体運営のプロとして自分たちの自治体の財政について、あるいは政策について、市民がわかる言葉で語ることができるようになることが必要なのではないでしょうか。

限られた財源の中での政策選択にせよ、市民負担を伴う増税にせよ、その実現には納税者であり行政サービスを享受する客体としての市民の理解なくしては実現できません。
しかし、地方自治体は今、市民の十分な理解を得るためのコミュニケーションができているでしょうか。
行政運営に関する基礎的な理解も信頼も乏しい市民に既存の行政サービスの削減や増税による市民負担増を求めたところで納得や共感が得られるはずがありません。
財政的状況の厳しさを乗り越えていくには「対話」の場づくり、苦渋の選択を乗り越えることができる意思疎通の環境整備こそが最も求められています。

では,「対話」によって何がどう解決するのでしょうか。
一般的な話として,意見が対立し,互いの主張がかみ合わないときには互いの主張の正当性を戦わせる議論を行い,最終的には多数決や権限のある者への一任という手段がとられます。
それは「決める」ための手段ですが,そうやって決まった物事を実際に動かすときに,そのことに利害を持つ関係人それぞれが一定の納得感を持ち,当事者意識を持って「決まり」に従って行動することができなければ,「決める」ことの意味が失われてしまいます。
そうすると,最終的に物事が決まるまでのプロセスが重要になります。
物事を決める背景や目的についてどの程度情報共有ができたのか。
対立する考え方を持つ人たちの立場や考え方をどれだけ理解できたのか。
自分の立場,主張をどれだけ真摯に受け止めてもらえたのか。
このようなことを確認し共有しあう「対話」によって培われる信頼感こそが,意見が対立したときに譲歩し妥協するときの心理的な背景になり,導かれた結論への納得性,当事者意識,その結論に従って行動しようという動機づけになる。
「対話」はその後に置かれる「議論」の質を高め,結論の実効性を高める役割を果たしているのです。

予算編成は自治体運営のすべてをお金という共通項目で束ね,それを収支均衡というルールの中に押し込めるための壮大な利害調整で,その本質は意見の異なる者の合意形成にほかなりません。
この合意形成のために,全国の財政課職員は毎年秋から冬にかけて,寝る間も惜しんで議論に勤しみます。
しかしその議論の多くは「要るものは要る」と「ない袖は振れない」の平行線で交わることはなく,最後は査定で決着をつけるものの,そこにはノーサイドの清々しさはありません。
たとえ力でねじ伏せても納得していなければ面従腹背で感情的な対立が残り,次の議論に火種を残すことになってしまいます。

これまで,財政課長がすべての事業を同じ価値観で一気通貫に査定する「一件査定」が当たり前だったのは,誰か一人のスーパーマンに強力な権限を持たせ,彼の導く最適解に皆が従うということに一定の合理性があるというコンセンサスがあったから。
システマチックな行政評価や外部評価委員による事業仕分けなどの手法で事業の見直しをあぶりだすようになったのは,財政課の振り回す「財政秩序」なる不文律が可視化されないことによる現場の不信や市民の理解不足を排し,客観性,透明性をもって事業の取捨選択を行うことで現場,市民の理解を進めようとしたからです。
しかし,唯一無二の絶対解がない今の時代にあっては,あらゆる工夫を凝らしても現場,市民の理解も納得も進まないというのが今全国の財政課が抱えている「事業の廃止縮小が進まない」という問題の本質。
財政運営がうまくいかないのは,お金がないからではなく,その使い道を話し合って合意形成に導くためのコミュニケーション不足こそがその要因なのです。

これからの公務員に求められるのは「対話力」です。
何を実現するかではなく、次に諦めるのは何か、最後まで残すのはどのカードか、ということについて合意形成していかなければならない時代。
「対話」によって意見の違う互いの存在を許し合い、互いに心を開き合い、多様な立場から見えている世界の情報を交換し、その危機感や目指すべき未来を共有し、そこから導かれる苦渋の選択の場に居合わせる。
誰もが目指すわかりやすいゴールがあった成長の時代と違い、縮小する未来において何を遺すかという局面においては、理論的な正しさを追い求めるのではなく、合意形成の過程に居合わせその当事者となることがそれぞれの納得感につながっていくのだと私は思います。

自治体の予算編成における結論を,市民が納得感をもって受け入れることができるよう,合意形成の過程でその当事者となるべくすべての市民を「対話」の場にお迎えすることはもちろんできません。
であるからこそ私は,市民の利害の代弁者である各部局の現場職員が意思決定過程での「対話」の当事者となりうるよう,現場に権限と責任を委譲する枠配分予算の仕組みが適切だと考えているのであり,それを機能させるためには日ごろから財政課などの官房部門と現場が情報を共有し,立場を超えて互いを理解しあえる関係性を構築しておくことが必要だし,市民と行政の関係性においても情報の共有,立場の共有,ビジョンの共有といった,「対話」によって培われる信頼関係の素地づくりが不可欠だと考えているのです。

事業の廃止縮小が進まないことに悩む財政課職員の皆さん。
その本質的な理由は現場や市民との「対話」の不足です。
枠配分予算制度だけがその解決手法のすべてではありません。
市民や現場,首長が自分のことを理解してくれないと嘆く前に,なぜ相手は自分のことをわかってくれないのか,そこにどのようなコミュニケーションが欠落しているのか,自分たちがどうふるまうべきなのか考えてみてください。
そこに解決の道があるはずですし,そこにしか道はないはずです。

では具体的に予算編成に「対話」をどうやって持ちこめばいいのか、と言う話は次稿にて。

★2021年6月『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』という本を書きました。
https://www.koshokuken.co.jp/publication/practical/20210330-567/
★2018年12月『自治体の“台所”事情“財政が厳しい”ってどういうこと?』という本を書きました。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/9885
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