自分勝手な価値観
親戚が再婚することになった。たぶん。
たぶんというのは、「再婚する。」と明確に報告されていないまま、「彼氏のいる県に引っ越すことが決まったよ。」という報告を受けたからだ。再婚するのかどうかすら知らない。
ということは、その子どもも、引っ越すことになる。
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モヤモヤしている。
実は、親の支援なく他県で暮らし、子育てすることの大変さを身を以て体験している自分としては、余計なお世話かもしれないが、こうしたらいいかもねと言いたいことがいくつかあった。
親戚は、あまりアドバイスを聞くほうではない。お金のお得ネタにはおもしろいほど食いつくが、生きていくための処世術などは身につけていると思っているらしく、自信があるらしい。友達はいないと言っていたが。
いくつか知っておいたほうがいいうちのひとつは、高校受験の違いと高校そのものについて。引っ越すのは子どもが中学校に入学するタイミングだ。正直、他県の高校事情なんてわからない。本当にわからない。子どもの将来に関わることだからすぐにでも調べたほうがいいと伝えた。
これはすんなり聞いてくれた。
もうひとつは、知り合いを作って情報収集をすること。
わたしがPTA役員をめんどくさがりながらも請け負ってきたのは、地域のつながりを作るのにてっとり早いものだったからだ。良くも悪くも、名前を覚えてもらえるし、知ってもらえる。強制的にだが、LINE交換もすることになる。
そういうのを嫌がる人も多いけれど、何がきっかけで仲良くなれるかはわからない。また、助けてくれる人、話を聞いてくれる人は近くにいたほうがいい。
遠い親戚より近くの他人とはまさに、だ。
親戚にそのことを伝えたら、再婚相手の会社関連で人脈があるから大丈夫、と返ってきた。まぁ、それならいい。
いい、と割り切りたかった。
わたしは、その返答に、モヤっとしていた。それはきっと親戚との関係性とわたしに課題があるからだ。
***
このモヤっとしたものは、親戚との関係のなかで積み上がってきた。関係が良好であれば、ありがとうがなくたってモヤモヤすることなどなかった。
わたしの話は、ほとんどが余計なお世話なんだろうなと、そう感じさせられるやりとりが多かった。血が繋がっていなければ、そっと疎遠になる相手だと思う。
血が繋がっていても疎遠にすればいいんだと、いまここに書いていて思ったのだが、かわいい親戚だからそうもできないのが、わたしの課題だ。
どうせありがとうも言ってもらえないのだろう、言いたい真意が伝わらないのだろうと思っていても、つい「余計なお世話かもしれないけれど」と言いながら、知っておいてほしい(とわたしが信じている)ことを伝えてしまう。
そして、伝えたあとに、いつも後悔する。また受け取ってもらえなかった。言うんじゃなかった、と。
***
3年くらい前に、わたしは家族(ここでいう家族は親きょうだい)に「長女やめます。」宣言をした。長女であるからこそ、宣言せずにはいられなかった。
いろんな言いたいことがわたしのなかにあった。家族は笑いながらそれを聞いていたけれど、わたしは結構真剣だった。
誰かの役に立たなければ価値がないと、わたしが助けてあげないとダメなんだと、そう思うようになったのは、家族のせいだから。
わたしは親戚のいない千葉で暮らしている。この物理的な距離感がちょうどいい。
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