宗教二世としての幼少期

皆さんこんにちは
過去の記事で母が新興宗教にのめり込んでいるという話は書いたかと思います。
母が信仰する団体は、今話題の団体とは異なりますが、私としても対して違いを感じておりません。
そんな宗教2世として過ごした幼少期を今回は書きたいと思います。

1.産まれるまでの話

そもそも母が信仰しており、父は出会ってから入信したのか、それとも出会う前から信者だったのかそれは定かではありません
しかし当時の父も歴とした信者で、結婚の時に自分の両親である祖父母も入信されるほどのしっかりとした信者でした。
結婚当時父は大学で働いており、結婚する時にその宗教団体の支部に入職するため大学を辞めました
祖母曰く、当時の教授より「お願いだから辞めないでくれ」と自宅まで説得に訪れるくらい、辞める事を渋られていたそうです。
でも父の意志は固かった。
祖母はこの話をする時いつも言っていました。
「あのまま大学にいたらよかったのに。宗教に狂わされた」と
宗教団体の支部に入職した父は私が幼い頃にはその支部の支部長になっており、日々その教えを信者に説いていました
しかし、生活は決して豊かではありませんでした。

2.幼少期

幼少期の日課は、みんなで朝起きたら本尊といわれる総裁の代わりになるものを前にお祈りをすることです。
これも一つではなくいくつかありました。
そして毎朝のお祈りは当たり前のことでした。
定期的に支部の連れていかれ、教えを説いているビデオを見たり、おとながビデオを見ている間、子供部屋で他の宗教2世と遊んだりしていました。
献本というのも大切な宗教活動で、毎月でる薄い本を近所や遠方までいきポストに投函するのです。時にはハードカバーの総裁の本も献本します。
この献本する本は全て自分で買うのです。
そしてその献本した冊数によって団体から表彰されたり、ありがーい袈裟がもらえるのです。
当時の私は、それが当たり前の世界にいました。
お祈りも宗教本を読むことも、支部や精舎にいくことも献本することもあたりまえのことだったのです。
献本すれば大人が褒めてくれました。なので祖母と一緒にたくさん歩いて献本しました。
それがなんと迷惑なことが異常なことか幼い私にはわかっていませんでした。
だって、周りの大人はみんな信者だったのですから…

この宗教団体は映画も毎年出しています。
毎年夏なると映画館にみんなで見に行きます。
そしてこの映画チケットも何枚も自分で買って周りに渡すのです。
そして自分達も何度も映画館に足を運びます。
こうやってお布施以外にもお金をたくさん使うため、大家族の我が家は到底経済的に余裕がありませんでした。
習い事もさせてもらえず
外食も年に一回あるかどうか
家族みんなでお出かけするのはいつも宗教関連
服も買ってもらえないため親戚や知り合いからもお古をもらう日々
お風呂も節水のため、傘増しに水の入ったペットボトルを入れていました。
近所の子がみんな幼稚園に行く中、我が家は誰も行っておらず、小学校に入学した際、
「幼稚園行ってないのー!?」と揶揄われたことも覚えています。
少しでも家計の足しにするため、みんなで内職もしていました。
こんな日々だったけれど、やっぱり当時の私は当たり前のこととして受け入れていたのです。

3.私が宗教に対して思うこと


宗教2世は生まれた時からこのような環境にいます。
おかしいと気づくことができないです。
中にはその環境の中で自分が幸せだと思う人もいると思います。
でも本当にそれは自分の意思ですか?
マインドコントロールを受けていませんか?
宗教2世としてはそう思うことも多々あります。
でも結局のところ本人がそれで幸せならそれでいいのでしょう
私はその環境にいて幸せだと思えなくなってしまっただけのことです。
ただ、宗教2世として言いたいのは
信仰は個人自由です。それを犯すことは憲法でも禁じられています。
しかし、己が正しいと他人に押し付けないでほしい。
子供は親の所有物ではない。歴とした個のある人間なのです。
子供にそれを押し付けないでほしい。
子供にも信仰の自由を与えてほしい。
選択肢を与えてほしい。
宗教2世として生まれ育った環境は確実に私の人格に大きな影響を与えています。
生きづらいというベースとなったのは決して宗教だけが原因ではありません。
信者である父と母の考え方もあると思います。
でも宗教が家庭に与える影響は本当に大きく、怖いものだと思っています。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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