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【東京大学2003年度前期入試数学(理系)第6問】円周率ってなに?

さて今回は初めて大学入試の問題を取り上げたいと思います。東京大学2003年前期入試 理系数学第6問です。超がつく有名問題です。

円周率が 3.05 より大きいことを証明せよ.

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(東京大学安田講堂、2016年12月23日、Kakidai撮影、Wikipediaより)

この問題は「ゆとり教育」で「円周率はおよそ3」としたことに対しての反発ではないかと言われています。実際には分かりませんが、東大が出題したからこその問題提起でした。

さて、この問題は東大としては珍しい1行問題です。

1行問題という言い方は多分、大学への数学で使われている用語だと思います。大学の入試問題の数学は通常、状況・前提知識の説明が必要であったり、解法を誘導する小問で構成されていたりと、そこそこの文章からなるものですが、この問題のように前提知識が不要な問題でときどき1文(しかも短文)で出題がなされることがあります。それが1行問題。

1行問題の場合、解法を構成する能力が問われることが多く、小問で構成されている問題よりもはるかに難しくなります。実は東工大がこの手の問題をよく作っていました。(最近は以前より長文になっています)

この問題では方針は大きく2つに分かれます。
・円周の長さと内接する凸多角形の周囲の長さを比較する。
・円の面積と(内接する凸多角形のような)円の部分領域の面積を比較する。

他にも、cos x ≧ 1 - (x^2/2) に x = π/6 を代入して評価する手法などありますが、上記の2つがまず思いつくのではないかと思います。ここでは円周の長さを使って解いてみたいと思います。が、その前に。

鋭い方なら次のことが気になるかと思います。

「円周率ってなに?」

私の知る限り、教科書で円周率を定義しているものを見たことがありません。また、学校や塾でも円周率の定義を聞いたことがありません。半径 r (直径 d = 2r ) の円に対して

円周の長さ = 2πr (= πd ),     円の面積 = πr^2

と習うだけです。

しかし、これでは二重定義を行っていることと変わりません。円周から見ると「円周率とは円周の長さと直径の比率である」と定義していて、面積から見ると「円周率は円の面積と円の半径を1辺とする正方形の面積の比率である」と定義しています。このように、ある1つの用語に対して異なる定義を与えたとき、それが同一であることを示す必要があります。(もしくは、一方を定義とし、もう一方を定理として証明します。)

高校の理系の数学の教科書を注意深く読むと、どちらが定義でどちらが定理(公式)かが分かるのですが、一応、明確にしておくと、

「円周率は円周の長さと直径の比率である」

が定義です。

これを元に三角関数が定義されており(角度の単位 rad は円周の長さを用いて定義されていることに注意してください)、三角関数+極限を用いるか、三角関数+定積分を用いて円の面積の公式を求めています。

実はこの定義も「全ての円でこの比率は一定なのか?」という問題が生じるのですが、「全ての円は相似である」から一定であるとしてごまかしておきます。(では「相似」とは何ぞや?という疑問が新たに生じるのですが。ですので、より正確には「円周率は直径1の円の円周の長さ」とすべきです。)

さて、解法に戻りましょう。何故、円周の長さを用いるのか?ですが、これは内接する正六角形を考えると分かりやすいと思います。

・直径 1 の円に内接する正六角形の周囲の長さ = (1/2)×6 = 3
・半径 1 の円に内接する正六角形の面積 = (√3/4)×6=2.598...

正多角形の頂点の数が増えるほど周囲の長さや面積が円周率に近づくわけですが、2つの値を比べると円周の長さの方が先に3.05を超えるだろうと予想できます。ですので、円周の長さで証明していきます。

実際、正八角形の周囲の長さを用いると円周率π>3.05を証明することができます。

[証明] 直径 1 (半径 1/2 ) の円に内接する正八角形の一辺の長さを x とおくと、余弦定理より、

x^2=(1/2)^2 + (1/2)^2 -2×(1/2)×(1/2) cos (π/4) =(1/2) - (√2/4) = (2-√2)/4
ゆえに、x = √(2-√2) / 2

となります。直径 1 の円の円周の長さは π で、π > 8x ですので、8x = 4√(2-√2) > 3.05 を証明すればよいことになります。ということは、どちらも正の数なので両辺を二乗して、16(2-√2) > 9.3025 を証明すればよいことになります。

√2 < 1.4143 ですので、16(2-√2) > 16×0.5857 = 9.3712 > 9.3025 となり、確かに、π > 8x > 3.05 が成立することが証明できました。[証明終わり]

今回は n=8 角形で議論していますが、この n を無限に発散させると、内接する正 n 角形の周囲の長さは円周の長さに収束することが示されます。

おまけ1:半径 r の円の面積が πr^2 であることの証明

内接および外接する正多角形を考えると円の面積の公式を出せます。それを簡単に解説します。

半径 r の円に対して、内接する正 n 角形(黄緑)の面積を Sn, 外接する正 n 角形(青)の面積を Tn とおきます。ここで n は自然数です。θn = 2π/n とおきます。(下図ではn=8としている。)

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このとき、

Sn = n × (1/2) × r^2 × sin θn = πr^2 × (sin θn / θn )
Tn = 2n × (1/2) × r^2 × tan (θn / 2) = πr^2 × (tan (θn/2) / (θn/2) )

が簡単に求まります。また、任意の自然数 n に対して Sn ≤ 半径 r の円の面積 ≤ Tn ですが、sin θ / θ → 1 (θ → 0) であることを利用すると、Sn → πr^2  かつ Tn → πr^2 (n → +∞) となるので、はさみうちの原理により 半径 r の円の面積 = πr^2 となります。

おまけ2:sin θ / θ → 1 (θ → 0) の証明

高校の教科書では sin θ / θ → 1 (θ → 0) は円の面積を元にして証明されているので、このままでは循環証明になっています。(円の面積の公式を求めるために sin θ / θ → 1 を用いているのに、sin θ / θ → 1 を証明するのに円の面積の公式を用いているため、どちらも証明になっていない。)

この点について真面目に議論しているサイトがあまりなかったため、円の面積によらない、すなわち、孤の長さを用いた証明をここで与えようと思います。

ところで、sin θ / θ → 1 (θ → 0) の証明の肝は、

小さい正の θ に対して sin θ ≦ θ ≦ tan θ

が成立することであり、これが言えると θ が負のとき(かつ |θ| が小さいとき)は sin(-θ) ≦ -θ ≦ tan(-θ) が成立するため、θ の正負にかかわらず |θ|が小さいときに

cos θ ≦ sin θ / θ ≦ 1

が成立し、cos θ → 1 (θ → 0) からはさみうちの原理により題意が示されます。

ですので、問題は sin θ ≦ θ ≦ tan θ の証明にあります。高校の教科書ではこれを三角形と扇形の面積の比較で行っていました。今回は扇形の孤の長さを使って証明します。

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上図で P(a,b), A(a,0), B(1,0) とおきます。ここで、∠BOP = θ なので、孤 BP の長さ = θであり、a = cos θ かつ b = sin θ となります。また、a^2+b^2=1 にも注意してください。

さて、一般に媒介変数表示を用いて表された点 (x(t), y(t)) が t=t0 から t=t1 まで値が変化するときの点が動く距離=曲線の長さは次の式で求められます。
(ここからは積分式が出てくるため、式はすべて画像としました。)

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この式は高校の教科書にも載っているのではないかと思います。ここで、t は x 自身もしくは y 自身でも構わないことに注意してください。

したがって、円周上の点(ただし、第一象限)は (√(1-y^2), y) で表されるので、孤BP の長さ θ は

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として表されます。ここで、

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としています。さて、f(y) は 0 ≦ y ≦ b (< 1) に対して

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となるので、f(0) ≦ f(y) ≦ f(b) となります。よって、

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が成立し、b = sin θ かつ a = cos θ ですので、 sin θ ≦ θ ≦ tan θ が証明されました。

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