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【名古屋大学1970年度入試数学第5問(1)、東京大学1999年度前期入試数学(文、理)第1問】旧帝大からの強烈なメッセージ

緊急事態宣言で外出もままならない状況ですが、いかがお過ごしでしょうか?外に出られないときは数学の難問をじっくりと考えるいい機会です。

と言いつつ、今回の問題は難問ではありません。むしろ基礎的です。しかし、基礎が時として軽んじられている、そういう問題です。

今回は名古屋大学で50年前、1970年に出された問題を取り上げようと思います。この問題も東大の円周率の問題に負けず劣らず有名なので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

sin x は x の整式としては表せないことを示せ.

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名古屋大学東山キャンパス
2016年4月17日、DrKssn撮影、Wikipediaより

この問題はハッキリ言って証明を書いて終わりではつまらない。というより、証明なんて簡単なのでどうでもよく、名古屋大学がなぜこの問題を出したのか、背景を考える方が重要です。この問題で受験生の何を見たかったのか?

旧帝大の受験生はそれなりの学力の高さがあります。そんな彼らにとってこの問題は本来やさしいはずです。しかしながら、名古屋大学はこの問題を出題した。

これは私の持論ですが、

入試は受験生を落とすための試験

です。入試は決して合格者を決める試験ではない。通常、入試では全員を合格させるわけにはいかないので、入学できない者=不合格者を決める。そのために行うのが入試です。

ということは、名古屋大学はこの問題を解けない受験生が一定の割合でいることを期待して出題したはずです。

つまりは、問題を解く方法ばかりを習得して、数学の中で本来知らなければいけないことを蔑ろにしている受験生が少なからずいた。この問題はそんな彼らへの警告ではなかったのか。

「正しく数学を学んだ学生を求む!」

というメッセージがこの問題に込められていたのではないかと想像します。

同じようなことは東京大学1999年前期入試 文系第1問および理系第1問にも言えると思います。

(1) 一般角 θ に対して sin θ,cos θ の定義を述べよ.
(2) (1) の定義にもとづき,一般角 α,β に対して
    sin (α + β) = sin α cos β + cos α sin β
    cos (α + β) = cos α cos β - sin α sin β
を証明せよ.

sin や cos に関わる公式、例えば倍角の公式や半角の公式は加法定理から導かれています。

sin(2α) = 2 sin α cos α
cos(2α) = cos^2 α - sin^2 α = 2 cos^2 α -1 = 1 - 2 sin^2 α
sin^2(α/2) = (1 - cos α) / 2
cos^2(α/2) = (1 + cos α) / 2

また、回転行列なんかも加法定理を覚えていればすぐに思い出せます。下の真ん中の cos α と sin α からなる行列が、原点を中心に反時計回りに α だけ回転させたときの行列です。(cos が x 座標、sin が y 座標に対応していることを思い出してください。)

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そういうわけで三角関数では「加法定理だけ覚えておいて、あとは全て導けばよい」と言われるのですが、では肝心の加法定理は?

これらの問題は受験生に手抜きをしていないかを問う良問だと思います。ただし、受験生は問題を前に面を食らったに違いない。

名古屋大の問題にしても、東大の問題にしても、こういう問題を作るのは間違いなく理学部数学科の先生だと思います。少なくとも工学部の先生ではない。工学部の人間にとって数学は「使えればいい」からです。数学はあくまで道具。

もし理工系の志望者で理学部と工学部の違いが分からないという方は、理学部は理(ことわり)=科学 (science) を追及する学部で、工学部は技術 (technology) を追求する学部だと考えておくといいでしょう。

極論ですが、工学部の人間にとって加法定理がどう証明されたかは重要ではなく、それが何の役に立つのかが重要です。だから、上記の問題を工学部の先生が作るとは考えにくい。

工学部の先生が数学の問題を作ることはあるのかと疑問に思うかもしれませんが、大学によってはあると思っています。ちなみに、次回は数値計算で使われるニュートン法にもとづいた問題を取り上げる予定ですが、この問題は情報の先生が作ったのではないかと推測しています。

さて、問題の裏側を覗くのはこのくらいにして、証明に移りたいと思います。証明問題を取り上げて証明しないわけにもいくまい。

sin x が x の整式で表現できないことの証明

(その1) f(x) = sin x が x の n 次多項式もしくは単項式で表現できると仮定する。このとき、f(x) = 0 の(実数)解は高々 n 個である。しかしながら、任意の整数 n に対して f(πn) = 0 であるので、f(x) = 0 の解は無限に存在する。よって矛盾である。

(その2) f(x) = sin x が x の n 次多項式もしくは単項式で表現できると仮定する。このとき、f(x) を (n+1)回微分すると 0 となる。しかしながら、f'(x) = cos x, f''(x) = -sin x, f'''(x) = -cos x, f''''(x) = sin x = f(x) となるため、f(x) を何回微分しても 0 とはならない。よって矛盾である。

(その3) f(x) = a(n) x^n + a(n-1) x^(n-1) + … + a(1) x + a(0) とおく。ここで、a(n), a(n-1), ... , a(1), a(0) は定数で、a(n) ≠ 0 である。このとき、x → ∞ に対して

| f(x) | = | x^n | × | a(n) + a(n-1)/x + … + a(1) / x^(n-1) + a(0) / x^n | → +∞

となる。しかしながら、任意の x に対して | f(x) | = | sin x | ≦ 1 であるので矛盾である。

他にもいろいろとありそうですが、この辺でやめておきます。

ここで上げた証明のうち (その1) と (その2) は次数が有限であると sin x の特徴を表現できないと主張しています。

では、整式の次数を無限にしたらどうなの、という疑問が上がります。結果から言うと表現できます。マクローリン展開(x=0 でのテイラー展開)がそれです。

sin x = x - (x^3/3!) + (x^5/5!) - (x^7/7!) + … 

ですが、この note で大学数学まで書くのはやりすぎなので、詳細は微分積分学の教科書にゆずることにします。といって、何かおすすめの本があるわけではないのですが。すいません。

(ちなみに、私が大学のときに使った教科書は学術図書出版社の「理工系の微分積分学」(吹田 信之、新保 経彦 共著)でしたが、良くも悪くも簡潔で、いかにも数学の教科書という感じなので、私は嫌いではないのですが、一般に数学科の人間でないとしんどい本なのでおすすめできません。)

加法定理の証明

余弦定理を使って加法定理を証明するのがおそらく高校の教科書でのスタンダードだと思いますが(違ったらごめんなさい)、余弦定理は利用できる角度に制限がある上、東大の問題では余弦定理そのものを証明する必要も出てくるため、少し違うやり方を取りたいと思います。(とは言っても、スタンダードな証明と本質は変わらないです。)

まず、sin と cos の定義は以下の通りです。

原点O を中心とする半径 1 の円周上を 点 A (1,0) から出発し、反時計回りに θ だけ動いて到達する点 P の x 座標を cos θ、y 座標を sin θ と定義する。ただし、θが負の数のときは、点 A から時計回りに (-θ) だけ動いた点を P とする。

定義から次の5つの式は自明です。

cos^2 θ + sin^2 θ = 1
cos(-θ) = cos θ
sin(-θ) = -sin θ
cos(π/2-θ) = sin θ
sin(π/2-θ) = cos θ

1点目は円の方程式から得られます。2, 3点目は θ と -θ では x 軸に対して対称な位置に点が来るからで、4, 5点目は θ と π/2 - θ では直線 y = x に関して対称、すなわち、xy 座標が入れ替わった位置に点が来るからです。

α, β を任意の実数とし、θ = α + β とおくと、P の座標は (cos(α+β), sin(α+β)) となります。

次に、二点 A と P を円に沿って時計回りに β だけ動かします。そのときの二点を A' と P' で表すと、それぞれの座標は A' (cos(-β), sin(-β)) と P' (cos α, sin α) となります。辺 A'P' は辺 AP を原点 O を中心に回転移動させただけなので、長さは等しくなります。すなわち、AP = A'P' となります。したがって、

AP^2 = (cos(α+β) - 1)^2 + sin^2(α+β)
           = 2 - 2 cos(α+β)
A'P'^2 = (cos α - cos(-β))^2 + (sin α - sin(-β))^2
            = 2 - 2(cos α cos(-β) + sin α sin(-β))
            = 2 - 2(cos α cos β - sin α sin β)

より、cos の加法定理 cos(α+β) = cos α cos β - sin α sin β が得られます。

sin の加法定理は、cos の加法定理を使うと

sin(α+β) = cos(π/2-α-β)
                = cos(π/2-α) cos(-β) - sin(π/2-α) sin(-β)
                = sin α cos β + cos α sin β

のように得られます。ちなみに、今回の問題にはありませんが、tan の加法定理は sin と cos の加法定理を使って導かれます。(分子分母を cos α cos β で割ってください。)

tan(α+β) = sin(α+β) / cos(α+β) = (tan α + tan β) / (1 - tan α tan β)

入試対策の効率を考えると、加法定理の証明は知っている必要のない、無駄なものなのかもしれません。sin の性質もどうでもいいのかもしれない。問題が解ければそれでいい。

しかし、数学そのものの勉強を考えると、問題の解法だけを追うやり方はむしろ時間の無駄とも言えます。劣悪な基礎工事の上にマンションを建てるようなものです。何かあればすぐに崩れます。

sin の性質にしても加法定理の証明にしても全く難しい話ではないので、頭の片隅に置いておいてもいいのではないでしょうか?

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