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夢歌4

 なーちゃんとサシでのんだ。

 

 そこは小さな芝居小屋を改装した飲み屋で、ステージはそのまま残してあった。

 舞台の床にはリノリウムがはってあって、丸テーブルには白いテーブルクロス、黒く細長い背もたれにワインレッドの張地の椅子が二脚、上手の客席側と下手の舞台奥側にそれぞれ配置されている。

 そこにも客が座るのか、なにかイベントがあって演者が出るのかはわからない。

 客席の床はフラットで、最近流行りのインダストリアルデザインとかいう作業台のような大きな分厚い木の板と黒いアイアンの脚がついたテーブルに、がたついた木のスツールが十二脚並んでいる。テーブルの天板には、やはりリノリウムが貼ってある。傷のつき方やへこみを見て、舞台で使われていたものかもしれないと思った。

 同じテーブルについた客が、グループごとに頭を寄せ合い、飲み食いしながら喋っている。BGMがないので、ざわめきが耳鳴りのように反響している。

 8台あるテーブルの最前列のセンター角席で、舞台をバックにしてなーちゃんは座っていた。私は角を挟んでなーちゃんに向かって熱弁をふるっていた。

 なーちゃんがいかに素晴らしいダンサーであるかを。

 なーちゃんは伏し目がちに、ははと笑い、焼き鳥を食べ、枝豆に手を伸ばし、ビールを飲んだ。

 社交辞令と思っているのか、言われすぎて慣れっこになっているのか、照れているのかはわからない。ともかく本気にしていないことは私にもわかった。

 しかし、その姿はたとえ焼き鳥を食べようが枝豆をしがんでいようが舞台のワンシーンのように美しかった。

 私はヒートアップした感情を落ち着けるために、ビールを一口飲み、同じく枝豆をつまんだ。そして盗み見するように、もう一度なーちゃんを見た。

 なーちゃんの後ろにある舞台上のテーブルと椅子には薄いアンバーのサスペンションライトが落ちて、こぼれたあかりがなーちゃんの右頬を照らしている。客席の薄暗いグリーンの照明と相まって、なーちゃんの顔に彫刻のような陰影を作っていた。

 あの舞台でアルゼンチンタンゴを踊ったら、さぞかし素敵だろうな、と私は思った。

「ほんとにほんとなんだよ。私はなーちゃんの踊りが大好き。」

 もう一度、ポツリと言った。

 なーちゃんはただ笑っていた。


 目が覚めて、あぁ、なーちゃんはもういないんだなと思って寂しかった。

(追記: なつめさんこと大浦みずきさんは宝塚きっての名ダンサーでした。もちろん私はただのファンで大浦さんと面識はありません。大浦さんは私の母と同時期に闘病して2009年11月14日にお亡くなりになりました。お手紙を書いたこともありません。一年後に見たこの夢がなつめさんへのファンレターです。)


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