パエリアの夜

 人と話すことがあまり好きではないし、得意でもない。
 僕は本当のところ、ずっと黙っていていいのなら、ずっと黙っていたい人間だ。
 それなのに、最近は人と話す機会、人に会う機会を積極的に作るようにしている。
 昨日はパエリア会なるものに参加した。
 美味しいものを食べるのは好きだけれど、パエリアをひとりで食べるのは難しい。
 だから皆で一緒に食べましょうという会。

 パエリア会の参加者は全部で7人。会場はスペイン料理屋のスパニッシュライツ。
 この会の主催者であるKさんとその恋人であるBさんのことは知っていた。それ以外の4人はまったくの初対面。
 うち2人は、カップルだった。というか、カップルなのか何なのか最初は関係性がよく分からなかった。
 男の方は安倍元総理に似ていた。そして女の方は女優の波留に似ていた。年齢差がかなりあった。
 残りの2名は、僕と同じような独身男性だった。1人は明らかに年上で、もう1人は明らかに年下。
 自己紹介を終えたけれど、こんな7人で何を話すことがあるというのだろう。
 趣味は何ですか、と隣の若い独身男性が聞きまくっていた。皆に同じ質問をしていて、Bさんとは将棋やゲームという共通の趣味があり、少しだけ盛り上がっていた。
 やがて僕の番がやってきた。
「趣味は何ですか?」
「読書、映画、アートとか」
 若い男は目を輝かせた。
「僕も映画好きですよ。コナンとか好きです」
 僕はアニメはほとんど観ない。コナンはもう20年近くちゃんと観ていない。
「アニメ系ね」
「最近やっているスパイファミリーも気になっています」
 スパイファミリーは1巻だけ読んだ。面白いとは思ったけど、続きを読みたいほどではなくそのままになってしまった。
 そのことを伝えると、それで話は終わりになる。
 彼が住んでいる街について幾つか質問をする。それの答えが返ってくるけれど、そこから話を膨らませることができない。やがて沈黙が訪れ、目の前の料理を食べる。

 メインのパエリアは美味しかった。正直パエリアにそこまで美味しいというイメージを持っていなかったのだけれど、ここのパエリアは本当に美味しかった。話さない代わりに、皿に残っているパエリアをこっそりと自分の皿によそう。


 会が進むにつれて、怪しげな年の差カップル?の正体が明らかになる。安倍元総理は占い師で、女性の方はそのアシスタントのようなことをしているらしい。二人は夫婦だった。安倍元総理は、妻の波瑠の父親よりも1つ年上だという。すごい年の差だけれど、占い師という職業を聞くと何か納得である。

 占い師は参加者の手相を見たりオーラを見たりして盛り上がっている。占い師は最後に僕の方を見た。

「好きな色とかありますか?」
「ネイビーブルー」
 少しの違和感を抱きながら、僕はそう答える。確かに僕はネイビーブルーの服を好んで着ていたけれど、その色が好きだったのは一昔前のことで、今好きな色とは違う気がした。でも、今本当に好きな色が何なのかよく分からなかった。
「グリーンのオーラ」と占い師は言った。飲み放題のコースだったので、占い師も日本酒やらビールやらかなり飲んでいるはずなのに、そのときはひどく真面目な顔をしていた。
「グリーン。平和主義」
 僕はそう答えながら、確かにそうだろうと思った。平和主義。
「グリーンのオーラの人は人を癒やす、癒やし系」
 当たっている。僕は確かに癒やし系。
 それからしばらくすると、占い師はトイレから戻ってきて僕の隣に座って、手相を見せてくれと言った。僕は両手を占い師に向ける。
 そのときの占い師の真剣な目。その目には嘘がないように見えた。
「運気が広がる可能性があるのに、それを邪魔しているものがある」
 と占い師は言った。「その邪魔しているものが何か分かりますか?」
 そう言われたとき、すぐにプライド、という言葉が思い浮かんだけれど、僕はそれを口に出しはしなかった。そして占い師の言葉を待った。
「それはプライドです」

 プライドってやつは一体何なんだろう?
 心当たりなんて、ありすぎるほどある。
 くだらないプライドがなければ、確かに僕は今頃幸せ人間だったろう。
 プライドってどうすれば無くせるんだろう?

 来年の豊富が決まった。
 くだらないプライドをなくすこと。
 人と話すことはやっぱりあまり好きではないけれど、パエリア会に参加しなければこの気付きもなかった。
 占い師の人に無料で手相とオーラを見てもらえたのだからラッキー。
 二次会のバーでこの占い師さん、岩手のご当地アイドルと仲良さそうに話してた。
 どうやらかなり凄い占い師さんだったみたい。


ニューヨーク

 
 



 

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