お仕事をしてお金を稼ぎたいと思う気持ち
障害年金を受け、もらった半分を家に入れました。
ずっと家にお金を入れられなかったので毎回渡す時に内心すごくホッとしていました。
父はお酒を飲んでいなくてもお金に関して母に文句を言うことがよくあり(半分渡すだけじゃやっぱり少ないかな)と心配しましたが、自分も何かしら買ってみたりしたかったし、母も「いっぱい渡したらあんたの分が無くなるからいいよ」と言ってくれていました。
申し訳ない気持ちになり、やっぱりお仕事をしたらもっとお金が渡せるから家計が苦しくならないよなと時々悩みました。
家計が苦しいんだろうなと思うのは、母がもらえる年齢がきて年金をもらう時のことです。
丁度もらえる前の日に払いものとかでお金が足りなかったらしく、もらえる前日に役所に行って早くもらう手続きをしたのです。
早くもらう手続きをしたら、その一回だけじゃなくて今後ずっと半額しかもらえないのです。
たったの一日なのに手続きをしたばっかりに今でも母は半額なので、なんだか申し訳ない気持ちがいっぱいでした。
当時は私は障害年金をもらってなかったのであげることも出来ませんでした。
何か不都合なことを言えば機嫌が悪くなる父にも期待できなかったのでしょう。
母は私が小さい頃に当時手術をしても治る確率が低い病気になって、すごい苦しみを耐え抜いてなんとか生きられたのですが、その後も何度か発症して手術をしたりしていました。
そんな苦しみ抜いて生きられたのに、帰ったら父が毎晩大声で家族みんなを罵倒して私は仕事もしなく(出来なく)家計も苦しくなっていって…今でも母には申し訳なさしかなくて、何か少しでも嬉しいことが増えてくれたらなと思っています。
なので障害年金もなるべく多く使わないで貯めておいて、もし父が母より先に死んだら母に旅行を楽しんでもらいたいなと、料理も自分で作るのではなく外で食べたりして欲しいから、いつかその時が来たらプレゼントしたいなと思っていました。
まあしかし、そんな最低な願いは今でも叶っていなくて実際は貯めたのも自分の一人暮らしで使っていきそうですが。
そういう家のお金の事情が気になったのと、お仕事をしていなくて家族に酷くされていた思い出から、何か自分にも出来るお仕事がしたいと思うようになりました。
年末の郵便局のバイトは時々行っていたのですが、年末だけだなのでそれ以外の日は障害年金を半分渡していても申し訳ない気持ちが消えなかったのです。
次回は時系列的な続きではなく郵便局の時の話を書くかもです。
それもまた自分の糧なので。
ここまで読んでくれた方ありがとうございました。
これを読んで共感してくれる人や、私をより知ってくれる人、今苦しくて勇気の一歩になれる人がいてくれたらいいなと思います。
私みたいに年をとってから少しずつ救われていくのではなく若いうちに救われる人が増えて欲しいので、なかなか難しいし怖いものだけど一歩の勇気を出して一人でも多く普通の生活を送れる人が増えて欲しいです。
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