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私を自由にしたのは私じゃなくて長男だった。

私には兄が二人いる。
兄・兄・妹なら、すごく大切に可愛がられて育ったんだと言われることが殆どだが、
実際の扱いは"男扱い"で、よく泣かされて可愛いなんて言って貰った試しが無い。
その為か私は幼少期、男の子が使う言葉遣いや態度、花柄や長髪を嫌う女の子だった。


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もう一度言うが、私には兄が二人いる。
二人は顔は全然違うが、性格は似ている言えば似ているし、違うと言えば違う。


どちらかと言うと目立つのはいつも次男ばかりだった。
学校のイメージキャラクターや企業HP、全国新聞の一面にも大きく掲載される程の、顔もスタイルも良く社交的で、願っていなくても周りから寄ってくる愛嬌の持ち主。
私は生まれたあの日から、この兄に勝てるところが無いと思うばかりの絶対王者である。



その次男が、全国新聞に載った時に書いてあった事は「僕の尊敬する兄」という様な題名だった。

内容はそこまで覚えていないが、
私が喉から手が出るほど欲しいと思う才能がある次男が、
大して目立たない、むしろ真面目過ぎて空回りしてるかの様に思える長男を尊敬していると書いてあった。

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私の兄、長男は生まれた時から「長男」だった。
当たり前だろう、と思われるかも知れないが、本当に長男の性格で、
性格の欄に長男枠があるなら、彼はそれに当てはまる。
ただ6つ離れているからか、小さい頃は話した記憶はあまり無い。

長男がアルバイトをしている時私はまだ小学生で、
アルバイトの意味もわからず、私と同じだけ暇なんだと思っていたし
就活で苦労されてる時でも、私の期末テストのが大変だと思っていた。

話して理解が出来る様になったのは、私が大学生になってからだった。
と言ってもお互い一人暮らしで、一緒のタイミングで実家に住む事は無かった。


私の両親は自営業で、兄達はそれぞれ会社を継ぐ人財として育った。
別に強制された訳では無いらしいが、
自分の得意としている専攻がまさしく家業そのものだったらしい。


社会人になる前、勿論私にも声はかかった。
父親からしたら、自分の見える範囲で娘を守ってあげられるし、一番手元に置いておきたいのは私だったと思う。
けれど、私は断った。

社会人になり、転職する時も声がかかった。
私は断った。
母曰く、父は何度も悩み落ち込み、怒っていたらしい。
けれど私は囚われたくなくて、自由に生きたくて、断り続けた。

これは私が転職する度に声がかかった。


ただ、ある日を境に、その声かけがピタッと無くなった。
私の転職先が決まったからか、
それとも諦めたのか、と思っていたが
私が実家から離れた後、母から真実を聞いた。


「お兄ちゃんがお父さんに話してくれたの。
会社に縛られるのは俺らだけでいい。
妹は末っ子らしく、自由に、あいつがしたい事させてあげて。
俺がやりたいと思っても出来ない事を、させてあげて。
これは俺からのお願いです」



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私には兄が二人いる。


一人は私が生まれた時から、ずっと側で私を笑わせ続けてくれ、
私の最大の好敵手と思わせてくれる次男で、

もう一人は私が大人になってからも、ずっと遠くから見守ってくれ、いつでも味方になってくれる、
私と次男に尊敬され続けられる長男である。


兄が二人も居て、私は幸せだ。




チョコレートに牛乳



お兄、いつもありがとう。


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