怖い浮世絵はフェチズムが滲んではちゃめちゃにイイ

 秋田県立美術館の『怖い浮世絵展』に行った話である。7月の中旬、所用で秋田に出かけたのだが、1日多く滞在し旅行を楽しむ予定だった。まあどこに行こうとか何も考えてなかったので、とりあえず駅で大きな国芳のドクロのポスターを見て「お、国芳じゃん」と思って行った。秋田駅ってすごいんですよ。秋田駅の周りに博物館がじゃんじゃんある。主要駅の周りに文化を配置できるの、発想が豊かで余裕があって良いですよね。アクセスしやすいし文化を大切にしようという気概を感じる。感動しました。

(画像は秋田県立美術館HPhttps://www.akita-museum-of-art.jp/index.htmより)

 とのことでまあ思いつきで向かったわけですが、この『怖い浮世絵展』実に良かった。もはや怖い。執念が怖すぎて怖すぎた。とても良かったです。ポスターも趣あるよね。学芸員課程を少しだけ齧った身としてはやっぱりポスターって大切だなと切実に思う。駅にバンって貼られて「おっ」て思わせれば勝ちみたいなもんありますからね。美術館はもれなくポスターが良い。国芳の髑髏!マゼンタのこだわりあるフォント!もうこの時点で大正解。

で、入ってみると出るわ出るわ四谷怪談お岩さんから源平合戦まで。幽霊化け物妖道中。いや〜、良かったっすね〜。割と浮世絵ってライトユーザーからは、富士山!景色!人の顔のアップ!春画!くらいのイメージで固定されがちだと思う。だが、もっともっともっと、生活の風景やら人々の絵からなんやらいっぱいあるし、動物だってよく描かれるし、なんとお化けもいる。それをもうちょいと知られて欲しいなと思いますねぇ。まあともかく入って早々に心を掴まれたのがこちら。

葛飾北斎『百物語 こはだ小平次』(画像は東京国立博物館画像検索https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0006684より)

いや、本当に良い。この絶妙な表情よ。はぁ〜変態だよな葛飾北斎はな。
この絶妙さは小幡小平次の物語について知らないと分からないと思うのでざっくり説明しますと、
うだつの上がらない陰気な役者、小幡小平次は人気もない端役ばかりやっていた。しかしその陰気さから幽霊役を演じてみたらこれがなんとまあ適役。幽霊役として知られるようになる。だが小平次の妻は小平次に飽き飽きしており、他の男に浮気する。そして邪魔になった小平次はその男に騙され殺されてしまうのだった。男は意気揚々と新しく妻になる女のいる家に戻る。と、そこには幽霊の小平次がおり、蚊帳の外から自分を裏切った二人を覗いているのだった!やがて二人は小平次に殺されてしまうのでした。
こんな話です。可哀想。その小幡小平次、多くの浮世絵では「呪ってやるぞ」と意気揚々にひゅ〜っと幽霊姿で出てくる構図が多いのですが、この、なんだろう、分かるかな、この北斎の絵の良さ。リアリティのある腐敗した皮膚と剥き出しの骨がおどろおどろしさを感じさせ、その隙間から恨めしそうに、でも悲しそうに覗く瞳。本人はこんなに必死なのに、その表情に滑稽さを感じてしまうことの哀愁。いや……見事と言う他にない。変態だよ……なんだこの入れ込み具合……。小平次への愛が伝わるのが本当に気持ち悪くて良いなぁ。褒め言葉です。

 さらに見てみますと気になった絵師がこちら、月岡芳年。幕末から明治を生きた浮世絵師である。ぼんやりと知っているくらいの理解でしたが、芳年……個人的に好みでした。

月岡芳年『新形三十六怪撰 小町桜の情』(東京国立博物館画像検索https://ja.ukiyo-e.org/image/metro/2456-C001-008)
 芳年と言えば無惨絵血みどろ絵だが、私は芳年のペンのような線と淡い色づかいが好きなので小町で。無惨絵も調べてみてね。恐ろしくエロティック。絶世の美女と言われた小町、だが幽霊なので透けている小町。う〜ん妖艶。他の芳年の絵も、無惨絵が知られがちだが、サディスティックに描けるからこそ繊細な美しさにも艶かしさが映えるのか。本当に素敵だった。他の三十六怪撰も美しくって執念深くて妙に艶かしくて良かったです。

 もう死んでいるから自由に描けるのか、想像だからこそ可能性を広げて描けるのか、ともかく怪談を描いた絵は、絵師の感情に触れるような絵が多く眼福であった。恐ろしいが滑稽であったり、無惨だが憐憫が滲んでいたり、怖いのに美しかったり、怪談として語れるもののさがを絵に描き出そうという気概と、なにより浮世絵師がその怪談に感じている情がこもっており、それが恐ろしかったと思う。ニッチなフェティズム、性的魅力を感じるだろう、この絵からという本気が良かった。怖い浮世絵、浮世絵師の感情が一番怖い。

以上覚え書きでした。

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