ケハヤ・トライバル



神武以来の最速昇進と謳われる新小結・双月。その立会を合わせる時、大関・大破壊は違和感を覚えた。

ブレる。まるで双月が二人居るように、カブって見える。

目をギュッと瞑って、また見るが、ブレる。泥酔したときのように双月が二人に見える。俺もとうとうヤキが回ったかと溜息を吐いた。

今場所はもうカド番なのだ。負ければ降格。膝の古傷を思えば何時まで相撲が取れるかもわからないというのに、横綱どころか大関の維持すら怪しい体たらく。

そのストレスからヤケ喰いヤケ酒女遊び。そしてまた負けが込む。またヤケになる。それはもう最早、自傷行為の域だ。何度「心が弱い。」と親方に言われたか。

塩を持ち、撒く。ヤケになっていつもより多く。きれいに飛んだなぁ、等と取り組みと関係のないことを考えた。集中力が切れている。

だが、それが良かったのかも知れない。

待ったなし。

土俵の仕切り線はブレていないのに、双月はブレている。足元を見る。撒きすぎた塩に、二本の筋。まるで、ブレた双月も存在しているように。

もしかして、このブレは、俺の幻覚じゃないのか?

仕切り。俺は変化した。双月はつんのめった。俺のけたぐり。双月が倒れた。『もう一人』の双月は、しまった、という顔をした。

「この、八百長野郎がーーッッ!!」

双月は、二人いた。双子が全く同じ動作で、全く同じ取り組みをすることで一人の力士だと錯覚させていたのだ!

俺の怒りは最高潮に達し、廻しに仕込んでいたレンガを引き抜いて双月の頭をぶん殴った!頭蓋と相打ちになったレンガは粉々の砂になって土俵の土と同化!

【撲殺レンガ頭蓋張り手】。凄まじい速度で繰り出されたそれは、誰の目にも止まらず、レンガは土俵と同化して証拠なし。

これが、通称『ケハヤ』と呼ばれる大相撲闇の四十八手。その一つ。

担架で運ばれる双月を尻目に、賞金を受け取ると横綱が見えた。電話をしている。「強く当たってー」

【ヒロポン】。俺は唾を飲み込んだ。

《続》

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