ゴジラ対横綱


「観音崎。」

車に乗った横綱はそれだけ言った。ハンドルを握る付き人の大車輪は、たっぷりと10秒は黙って、聞き返さず「はい」とだけ言った。

疑問は無限に頭に浮かんだが、全ては無意味だと感じた。横綱が行くと言えば行く。横綱が相撲を取ると言えば取る。やれと言えばやる。それが付き人の役目だ。

車が発進する。車内には大車輪と横綱だけ。両者無言だ。

「ラジオ、いいすか。」

「ん。」

大車輪が沈黙に耐えかねたか、状況を知りたくなったか、ラジオをつけた。

『ーなさん、みなさん、逃げて下さい、逃げて下さい。大きな、大きな、黒い、怪獣です。今、街を燃やしています。燃やしています。逃げて、逃げて。ああ、こちらに、こちらに来ます。東京に向かっています。みなさん、逃げて下さい、逃げて。ああ、さようなら、さようなら。どうか、逃げ……』

その言葉を最後にザァーというノイズのみになり、大車輪はラジオを消した。大車輪の額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

「やっぱ自分で運転するぞ。」

「いえ、大丈夫す。付き人すから。」

カチッ、カチッ、カチッ。右折する。道は空いている、いや、対向車ばかり。当然だ。警察だって逃げ出しても文句は言われない。

大車輪がバックミラーを見ると、いつもと変わらぬ顔の横綱。恐怖も気負いも闘志も全く感じないフラットな表情。初日も、カド番も、優勝がかかっている取り組みの日も、いつも変わらない、あの顔。

だったら、自分もいつもと変わらない付き人でいよう。大車輪はそう決心した。いつものルーティンを繰り返し、少しでも横綱の力になろう。

「マックシェイク、買っていきますか?」

「馬鹿野郎、マックやってるわけないだろ。」

横綱は笑った。

「すんません。」

ヴー、ヴー、ヴー。大車輪のスマホが鳴る。親方からだ。大車輪は少し慌てて、スマホを持つ。

「自分出ます。」

「いいよ。俺が出る。」

横綱が電話に出た。

【続】




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