サブスク解禁した今、あえて坂本真綾「今日だけの音楽」をハイレゾで聴いてみる
※2019年11月30日のブログ記事より。
2019年11月27日(水)、坂本真綾さんがニューアルバム「今日だけの音楽」をリリースした。
シングル曲をすべて排除。収録曲すべてが新曲というコンセプチュアルな1枚だ。 川谷絵音さん(ゲスの極み乙女。)、大沢伸一さん(MONDO GROSSO)、堀込泰行さん(ex.キリンジ)、荒井岳史さん(the band apart) といった豪華コンポーザー陣にも注目が集まっている。
そしてニューアルバム発売と同時に、全曲をストリーミング配信開始。
11月頭にストリーミング解禁したばかりのフライングドッグレーベルだが、坂本真綾さんの新譜を発売と同時に配信開始するなんて、感謝以外の何物でもない。
本作は“ストリーミング配信”を非常に意識した音作りになっている。256Kbps、320Kbpsなどの圧縮音源でも、それなりに“音の広がり”を感じられるようなMIX・マスタリングが施されているのだ。
でもだからこそ、高音質のハイレゾで聴く価値がある。
エンジニアの細かなこだわりがそのまま伝わってくるハイレゾ。ストリーミングを意識した音作りを、ニヤリとしながら、ハイレゾで聴いてみよう。
音質に合わせた音作り
■ストリーミング向けの音作りとは
ストリーミングサービスが主流になってきた今、流行の曲調に大きな変化が訪れているが、同じくMIX・マスタリングも変化してきている。
圧縮音源は“音の広がり”が出にくい。特に、縦と奥行きを表現するのが苦手だ。
サクッと、音の広がりをxyz軸に例えてみると、
・x軸(横の広がり):トラックの配置(LR)
・y軸(縦の広がり):高音域・低音域のイコライジング
・z軸(奥行き):トラックの配置(奥行き)、エフェクト
となるが、圧縮音源の場合、遠めに配置した楽器は単純にボリュームが小さく聴こえてしまうし、イコライジングを頑張っても超高音域・超低音域はそもそも鳴っていない(カットされてしまう)。
x軸の横の動きを意識することでしか、音の広がりを表現できないのである。
■ハイレゾ向けの音作りとは
一方で高音質のハイレゾは、y軸とz軸、つまり縦と奥行きが出てくる。
むしろ縦と奥行きを表現しないと、貧相な音作りになってしまい、圧縮音源と大差がなくなってきてしまう。
とはいえ、あまりにも縦と奥行きを作り込んでしまうと、ストリーミングでは聴き取れない音が出てきてしまう。
ストリーミングとハイレゾの両方で配信する場合、低音質でも高音質でも映えるように音を作っくていくのはとてもバランスが難しい作業なのだ。
「今日だけの音楽」をハイレゾで聴いてみる
その点で、「今日だけの音楽」の音作りは気持ち良い。
全体的に横の広がりを意識しながらも、さりげないエフェクトを重ね合わせることで、「夢の中で聴いた音楽」という本作の世界観を表現している。ストリーミングでも聴きやすいし、ハイレゾで聴くとストリーミングでは聴こえてこなかった部分が聴こえてきて、二重に楽しめるのだ。
南極か取り上げてみよう。
03. 「ホーキングの空に」
作詞 : 一倉 宏
作曲・編曲 : 大沢伸一
まずは3曲目収録の「ホーキングの空に」。
z軸の奥行きという観点から語ると、最もこだわりの詰まった曲だ。
正直、地味な曲ではある。
「メロ」「サビ」ではなく「Chorus」「Verse」と言いたくなるような、洋楽寄りの構成になっている。
普通ならばアルバムの後半に入りそうな、“好きな人は好き”系の曲だ。
それでも3曲目に収録されているのは、本アルバムを代表するような側面があるからだと思う。
全体的に、同時に鳴っている音数は少ない。ストリーミングならではの音楽だ。しかし何度も繰り返されるメロディーをよくよくハイレゾで聴いてみると、 音の選び方やリバーブなど、繰り返されるたびにちょっとずつ変化しているのが分かる。
例えば、坂本真綾さんのボーカル。Chorus(メロ)では幾重にもコーラスとディレイをかけているのが印象的だが、注目なのはVerse(サビ)だ。
0:58からの1回目のVerseでは、急にコーラスやディレイをカットし、耳元に近づけるようなエフェクトをかけている。2:40からの2回目のVerseではディレイを弱めにするが、あくまで弱めには効いている。2:55からは、坂本真綾さんのハスキーな歌声と細かいビブラートのうえにディレイがかかっているので、ビブラートの波が折り重なって機械風に聴こえる。
MIXを通じて、繰り返しの多い楽曲にちょっとずつ変化を与えているのだ。
なお冒頭で、息を吸う音をサンプリングして使用しているのもオシャレだ。
逆に、冒頭以外ではこのサンプリング音は使われていない。「坂本真綾さんの息を吸う音」を冒頭の数回でしか使わないなんて、何という贅沢な遊びだろう。
04.「ユーランゴブレット」
作詞・作曲・編曲 : 川谷絵音
ストリングス編曲:徳澤青弦
コーラス編曲:えつこ
ゲスの極み乙女。の川谷絵音さんが作詞・作曲・編曲を担当している「ユーランゴブレット」。
「ホーキングの空に」 と比較するとポップで分かりやすい曲だ。MIXもストリーミング向けで、x軸の横の広がりが意識されている。
気になる方は、イヤホンを片方ずつ離しながら聴いてみてほしい。
エレキは右、アコギは左、ストリングスは若干左、ピアノは同時に鳴っている楽器に合わせて右から徐々に中央、左へと移動……などと、とにかくトラック(楽器)の配置の仕方が絶妙だ。普通はストリングスやピアノなどは中央に配置することが多いので、相当考え抜かれた配置なのだ。
また間奏からラスサビにかけてが必聴だ。
2:11より急に電子音が加わり、坂本真綾さんのボーカルも高音域・低音域をカットすることで機械的な声質にしている。
そして「ユーランユーラユーラン」の歌詞を表すかのように、全体の音をゆらゆらとLRへ振る。音の揺れ方はだんだん早くなり、2:32からは8ビートに合わせて左右に音が振られる。さらに振れ幅は大胆になっていき、ラスサビに向けての盛り上がりをMIXが支えている。
05.「お望み通り」
作詞 : 坂本真綾
作曲・編曲 : 伊澤一葉
y軸こと縦の広がりを意識しているのが、「お望み通り」だ 。
作曲・編曲はthe HIATUSや、かつて東京事変でも活躍していた 伊澤一葉さんで、作詞は作本真綾さん。タイトルも含めて坂本真綾さんらしさ全開の歌詞になっている。
他の曲と比較すると、坂本真綾さんのボーカルについて若干高音成分を多めに入れているようだ。
息継ぎやハ行、サ行などがはっきり聴こえて、ジャズ調の曲によく似合っている。特に0:20の「マイノリティー」という歌詞に重ねている息は、ハイレゾで必聴だ。
とはいえ低音域はそこまで強調しておらず、ウッドベースは終始高めの音程を動いている。圧縮音源でもしっかり聴きとれる音域だ。
なおボーカルのディレイが強すぎるほどかかっているのもポイント。坂本真綾さんの声が次々と飛び交ってくる。
ストリーミングだとちょうどいいが、正直なところ少々ディレイが強すぎるので、 ハイレゾだとちょっと酔う。
09.「細やかに蓋をして」
作詞・作曲・編曲 : 川谷絵音
ストリングス編曲:徳澤青弦
コーラス編曲:えつこ
MIXからは話が逸れるのだが、本作2曲目の川谷絵音さんとのタッグ「細やかに蓋をして」は、是非ベースを高音質で聴いてほしい。
とことんベースラインが美しいこの曲。
サビでは一定のコード進行に沿って、ベースラインがルート音と第3音を行き来するという革新的な動きをしている(普通はルート音と第5音)。
メロでのゴーストノート(音が鳴っていない瞬間に生まれるグルーブ)まで聴きとれるのは、ハイレゾならでは。
うーん、このベースラインが生み出せるならば、正直何度不倫しても許してしまう……。
まとめ
遂にストリーミングを配信開始した、坂本真綾さん。
「今日だけの音楽」はストリーミングを意識した音作りになっているが、だからこそハイレゾでも聴きごたえのある1枚だ。
今回ここで取り上げられていない曲も、名曲ばかり。是非アルバムを通して聴いてほしい。
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