Fly Me To The Moonは情熱的ではなく、むしろ和心を感じる歌だった

『Fly Me To The Moon』。
「私を月に連れて行って」というロマンチックで情熱的な歌詞だと思い込んでいたけれど、むしろ和心を感じる歌だった。

1950年代にバート・ハワードにより『In Other Words』というワルツとして生み出され、形を変えながらも愛され続けるジャズのスタンダードナンバー。
エヴァンゲリオンやアイドルマスターでも使用されていて、アニメ好きにも馴染み深い1曲だ。

YouTubeにカバー動画を上げるにあたって、せっかくなので歌詞を読みこんでみる。

奥ゆかしくて、ちょっとだけツンデレ

エヴァやアイマスでのアレンジに合わせて私も省略してしまっているけれど、『Fly Me To The Moon』には「Poets often use many words / To say a simple thing」から始まる、いわゆる前奏のような箇所がある。

「シンプルなことを伝えるために、詩人はたくさんの言葉を使うよね」

とわざわざ前置きをしているのだ。そして、

「あなたがちゃんと理解しているか確認したいから、通訳しながら進めるね」

とまで言って、「Fly me to the moon...」とChorusパートに入る。

愛する人に対して「愛している」と言い出せずに、「私を月に連れて行って」と詩人のような表現で誤魔化す。
夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね、とでもしておきなさい」と言ったのと近くて(真偽はさておき)、どこか奥ゆかしい和心を感じる。

さらには「通訳しながら進めるね」と前置きしていた通り、曲の最後で「In other words / I love you」と歌う。
ここの「In other words」は、「言い換えると」「つまりは」などと極めて辞書的に訳されてしまうことが多いけれど、その点私は宇多田ヒカルの和訳が好きだ。

「簡単に言えば、愛してるってことさ(言わせないでよね)」

宇多田ヒカルらしさが溢れる、ツンデレな和訳だ。

形を変え続けて、なお愛され続ける

蛇足だが、バート・ハワードが最初に『In Other Words』として作曲したときはこの曲は3拍子のワルツであり、現在の『Fly Me To The Moon』とはなかなか異なる曲調だったらしい。

今の形に落ち着くのは、1962年にジョー・ハーネルがボサノバ調にアレンジをしてからだという。
そして1964年にフランク・シナトラがカバーして大ヒット。

おそらく一般的には、フランク・シナトラの情熱的なジャズアレンジが、最も知名度が高いだろう。
一方でエヴァでは、CLAIREや林原めぐみの歌唱で、主にジョー・ハーネルに近いボサノバアレンジが使われている。少し古い、柔らかなアレンジをチョイスしているところに、制作陣のこだわりを感じる。

なお宇多田ヒカルは、さらに思い切ってR&Bアレンジに挑戦した。
元来のロマンチックさが薄れてしまっているようで、正直私はこのR&Bアレンジがちょっと苦手だったのだが、先述の和訳を見てから改めて聴くと、なかなか悪くない。
むしろアメリカ人と日本人の両方の気持ちを持ち合わせる宇多田ヒカルならではの、ハイブリッドな解釈が心地よい。

形を変えながら、なお愛され続ける『Fly Me To The Moon』。
それぞれのアーティストやキャラクターが、どのような解釈で歌っているのか想像しながら聴くのも、また一興である。

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