見出し画像

ゆめいろさがし・冨永春菜が声楽を始めて全国1位になるまで(冨永春菜インタビュー①)

【プロフィール】
冨永春菜(とみながはるな)
2000年生まれ。茨城県出身。
東京藝術大学音楽学部声楽科4年ソプラノ専攻に在籍。第71回全日本学生音楽コンクール東京大会1位及び、全国大会1位、春の甲子園:選抜高校野球大会にて「君が代」独唱。かんぽ生命奨励賞及び日本放送協会賞受賞。
これまで京都・即成院での御前演奏(毎日新聞社主催)や、水戸芸術館「茨城の名歌手たち」、美術館コンサート等出演の他、主演リサイタルを行い好評を得る。メディアではTV東京「Theカラオケバトル」に抜擢出演の他、NHK水戸TV、新聞各社でも紹介される。大学在学中に「安宅賞」受賞。

1. 今やっていること

——現在の所属と活動を教えてください。
東京藝術大学の学部4年生で、声楽科のソプラノを専攻しています。歌ったり、表現することが大好きで、大学ではオペラを中心に勉強しています。よく人の物真似をして遊んでいます。

——オペラを学びたいと思ったきっかけはありますか?
まず中学生のときに有志合唱団に入って歌を始めました。そこから独唱を勉強しようと思い、音楽高校に進みました。そこで自分の好きな歌と演技で表現できる、オペラがあると知りました。少しやってみたらしっくりきて、人が笑ってくれたり、幸せな気持ちになったり、泣いたりする作品の一部になれるって楽しいなって気づいて、勉強したいなって思ったんです。

——初めてオペラに触れた経験をもう少し詳しく教えてもらえますか?
ホフマン物語の『人形の歌』という、演技と超絶技巧がメインの歌をやったときに、自分であれこれ考えて喜劇っぽい可笑しい演技をしてみました。それまでは黙って真顔で聴いてた観客が「わははあ」って、私の演技が伝わったのか可笑しく見えたのか、リアクションを返してくれたのをすごく感じて。「すごい!おもしろい!」って思いました。

——声だけというより、全身で表現するんですね。
そうですね。いざ取り組んでみたら、音楽よりも表情や身体の動きが大きな割合を占めているなと感じました。超楽しかった。

画像1

2. 冨永春菜・小中学生編

——今までに影響を受けた人はいますか?
まず私の母親が、表現することや、面白おかしく人を笑わせる基本を作ってくれました。母親は日頃から状況を説明するときに、1人で何役もやるから、私はそれを自然に吸収して育ちました。自分も誰かにものを伝えるときに、伝えたひとに「あ、めっちゃ似てる!」って言われるのが嬉しくて。「この先生だったらこうかな」とか、人の真似をたくさんしていました。

 中学校に入って、1年生の音楽の実技テストでてきとうに歌ったら、人数合わせのために、先生に合唱団に勧誘されました。練習を見に行くだけ見に行ったら、何故か入ったことになっていて。そのときは「歌?合唱?つまんなそう」って半分嫌だったんですけど、頑張って行き始めたら「音楽たのしい」ってことに気づいちゃったんですよね。気づかせてくれた先生ありがとうって思います。

 その合唱団にいらした外部講師の方に、1人ずつ発声を見ていただいたときに、「春菜ちゃん音楽科はどう?」という話があって。そのときはピンと来なかったんですけど、結局音楽科を目指すことにしました。ピアノは好きだったけれど、グループレッスンだったので専門的にはやっていなかったし、受験はほぼ独学で、歌は試験前日に譜読みをして行きました。今考えたら「何やってんだよ」って話だけど(笑)。

画像2

3. 冨永春菜・高校生編

——そこから高校生のときにぐんぐん伸びたんですね。
そうですね、まず楽譜が読めなかったんです。「一番下の所はファだから、下から数えてファソラ、ラか」みたいな。でも音楽科のカリキュラムで学んで、やっと音楽の知識が追い付いてきて、あの時はエネルギーがすごかったと思います。

——高校生の冨永さんはどんな感じでしたか?
高校に入ったらすぐに進路希望を書かされて、東京藝術大学って書いて出したら、私だけ教官室に呼び出されました。先生に「なんで第1志望しか書いてないの?しかもよりによって藝大だなんて。」って言われて、「難関だって聞いていたし今は藝大を目指してがんばりたい。」って言いました。そしたら「基礎力もないし、春菜ちゃんじゃ藝大なんて絶対無理。だからこっちの大学の指定校推薦をもらいなさい。」って言われちゃって。先生が他の大学を推していたので、「藝大一本です」って、すごく反発的な希望だったんですね。その反動もあって私は「なんで藝大を目指すのはダメなの?目指すのも許されないの?私は行きたいところに行く!」って強く思いました。

——コンクールで結果を出し始めたのはいつ頃ですか?
学校外で声楽の先生を探して、通い始めてからです。高校1年生の冬に初めてソロの声楽コンクールに出たのですが、1点だけ足りなくて本選で落ちてしまいました。悔しくて、音楽関係で初めて泣きました。でも「あなたは大丈夫」って先生が励ましてくれて。2年生のときには、高校生が受けるようなコンクール全部で、ぽぽーんぽぽーんぽぽーんっていいところまで行けて。全国まで行って、コンクールの順位がついて、自分の実力が結果になってきた実感がありました。同時に全国の声楽上手い子と知り合って、外の世界を知りました。

——声楽が上手な人の中に自分が入るのはどんな気持ちでしたか?
わあ上手いなって思うとともに、わたしにはわたしの良さがあるって何故かすごく自信を持っていました。今でこそ「あの子上手いなあ、いいなあ」ってなるのに、あのときは「ああ上手いねきみも、わたしも上手いけどね」みたいな(笑)。1位に固執するよりかは、どこまで評価してもらえるかなと思っていたから、底なしの自信がありました。「やった通った!」っていうのを繰り返して、気が付いたら高3のときに全日本学生音楽コンクールで1位だったんです。「あれ、1位になっちゃった!」っていう感じでした。

——1位になったときの自分や周りの反応を教えてください。
まず私のピアニストの先生が結果を見て、「やったー!」って帰ってきました。私も結果を見に行ったら、「1位 冨永春菜」って書いてあって。ないと思ってたら1番になっちゃって、「どっひゃー!」って、心臓がばくばくばくばくってなって、「まさか!」っていう気持ちが一番。その後の講評でも先生に褒めていただいて、課題もたくさん教えてもらいました。

画像1

ゆめいろさがしとは

朗読音楽絵本を制作し、上演する団体です。東京藝術大学の学生が集まり、現代の諸問題を暗示させる動物世界の物語を描いています。

▼ゆめいろさがし公式サイト
https://yumeirosagashi.studio.site
▼ゆめいろさがし公式ショップ
https://yumeirosagashi.booth.pm

インタビュアー・加藤理沙
運営・ゆめいろさがし

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?