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☆13☆ お触り女子

 アイさんを最初に見た時は、綺麗きれいな顔立ちにピアスが印象的だった。
 すらりと伸びた背と、ショートカットの髪。少しドキドキしてしまうくらいの美形だった。
 彼女は私の指導係で、仕事を教えてくれた。

「ため口でいいよ」

 年齢がさほど変わらない事を知って、アイさんはそう言ったが私はなるべく敬語を使うようにした。
 アイさんは他の部署の子たちとも仲がよかった。仕事の合間にも他部署の人が来て、おしゃべりをしていく。

「彼氏はいないの?綺麗きれいだし、絶対男が放っておかないと思うよ」

「恋人はみんなだもん。私はみんなの事が好き」
 アイさんはそう言って、女の子たちを抱きしめる。私はそれを見ながら、違和感を覚えた。

 ある日、私はアイさんに聞いてみた。
「恋人はいないんですか?」

「私は、女友達といる方が好きだから、彼氏は作らないんだ」
 わざわざ『彼氏』に切り替えられてしまった不自然さを感じた。
 いつも聞かれる質問に、用意されている答えだなと思った。

 次の日になって、私は別の質問をする。
「彼女さんは、いないの?」

「え?なんで?」
 アイさんは私を見て、固まった。

「私が話している大好きな人って女ですよ。だから、アイさんにも彼女がいるのかなって」

 ほぼ間違いはないと思っているが、カミングアウトしてしまうのはドキドキする。

「え。あ。そうなんだ。って、なんでバレたの?」
「見ていたら、何となく……それと、昨日の質問『恋人』って聞いたのに、『彼氏』で返って来たから」

 アイさんは、「そっか」と笑った。
 けれど、何度も「あれでなんで分かるの?彼氏って普通でしょ」と繰り返した。
 普通の人のふりをするのは私も一緒だった。用意した答えを答えるのも、一緒。

「空気というか、雰囲気?よく分からない」
 私がそう答えても、アイさんは納得しなかった。

 けれど、それからアイさんは自分の事を話してくれた。彼女がいた事もあるけど、今はいない事、男になろうと思っている事や家族の事や女子校に通っていた事を、アイさんは次々と話した。

「タッチ。あははっ。女の子同士だから、いいでしょ?」
 アイさんは男になりたいと言ってきた後でも、何度か私のお尻を触って来た。
 それは女の子同士のおふざけではなくて、男性が女性に触る性的な意味を含んでいるなと思った。
 それでも許されているのは、アイさんが自分は男性だとカミングアウトをしていないからだ。
 女子校のノリで、触っても許されると思ってしまっているのかもしれない。

 ある日、アイさんが他の子に話しているのが聞こえた。

「ねぇ。私、男に見えない?」
「え?男?うーん。綺麗きれいな顔をしているから美男子に見えない事もないけど……」
 アイさんの顔がうれしそうにほころぶのが見えた。

「でも、やっぱり綺麗きれいな女の子って感じだと思うけど。だって、女の子なんだし」

 言っている子に悪意はない。アイさんの顔は綺麗きれいだけれども、男に見えるかと言われるとそれは難しい。
 見るからに落ち込んで、アイさんは「そっか。そうだよね」と返していた。

 やがて、アイさんは仕事をやめた。
 しばらくして、連絡が来た。ホルモン注射をして、男として働いているのだと言っていた。
 そこでやっと、私は「女の子のお尻を触るのはもう、ダメだよ」と言えた。
 アイさんは「もう、しないよ」と答えていた。男の姿ではさすがに無理だろう。

 アイさんとはやがて連絡が取れなくなった。


 



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