12話 妹の怪我の記憶
はーちゃんの手には傷跡が残っている。
その傷は私と、ほっちゃんと、はーちゃんとで遊んでいる時に出来た。
いつもの遊び の、はずだった。
おままごとをしていた。
泥団子を作って、葉っぱのお皿に並べる。
そんな事をしていたと思う。
私は妹たちから離れたところで、遊びに使う葉っぱを探していた。
突然、ガシャーンと言う音が響いた。
続いて「ワァァァァァン」という泣き声。
妹たちがいる方へ向かうと、はーちゃんが血まみれで泣いている。
水でぐっしょりと濡れた服。
はーちゃんの足元には砕け散ったガラスが散乱していた。
母も駆けつけて、何が起こったかを理解した。
水を入れていたガラス瓶が滑って落ちた。
そして、はーちゃんの手を切りつけたのだ。
今になって思うと、子供が遊びに使うには大きなガラス瓶だった。
一リットルほどの牛乳が入っていた瓶だったのだから。
母は傷を確認しながら、タオルではーちゃんの手を巻いた。
「押さえてて」
母は私に言った。
私は血に染まるタオルを無言で抑えた。
必要だと思われるものをかき集め、皆が車に乗った。
誰も何も言わなかった。言えなかった。
町の病院に着いて、はーちゃんの傷はその病院では対応しきれないケガだと言われた。
また車に乗って、もっと大きな病院へと母は車を走らせた。
夕焼けに染まっていた空は、紺色に変わって行った。
頭の中で微かに『もしかしたら、はーちゃんの手が動かなくなってしまう』という不安を感じた。
大病院に着いた頃には、くーちゃんは眠ってしまったので車に残していった。
母は、はーちゃんに付いて診療室へ。
私とほっちゃんは、外の廊下の椅子に座りながら、……遊んでいた。
遊ぶといってもおもちゃもないので、手遊びだ。
さすがに私たちも長々と待たされて飽きたのだ。
後から聞いたが、私たちが「きゃっきゃ」と言っている声を聞いてはーちゃんは、苛立っていたらしい。
長い時間が経過した……と思ったのだが、実際はどれくらいだったのかはよく分からない。
診察と治療が終わって、母と妹が出てきた。
手にはぐるぐるに包帯が巻かれて、はーちゃんは泣き疲れて眠っていた。
車に戻ると、くーちゃんはまだぐっすりと眠っていた。
帰りの車は眠ったくーちゃんと、はーちゃん。うとうとする私とほっちゃん。
母の気だけがまだ、張り詰めていた。
今になって思うと、あまり運転しない市内の道で車が多くて、気を緩める事なんて出来なかったのだと思う。
家に帰ると、父が真っ暗な家の中、リビングだけ明かりを付けて待っていた。
「どうしたんだ?」
今のように携帯電話のない時代。
メモを残すことも忘れて、車に飛び乗ったので父は何があったのか全く知らなかった。
なぜ家に電話しないのかと言えば、父が帰ってくる時間は決まっていなかったから。
そして、父の存在を忘れていたからというのもあるのかもしれない。
母が説明をして、私たちは軽く何かを食べて寝る準備をした。
時間はとうに寝る時間を過ぎていた。
一時は「動かなくなるかもしれない」と医師に言われたはーちゃんの手は、しばらく通院して動くようになった。
大きな傷が手に残ってしまったけれど、最悪の『動かなくなる』ことはなかった。
今でも、はーちゃんの手には傷跡が残っている。
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