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☆23☆ クリスマス1

 それは、十二月の事だった。
 日雇いのバイトでとある契約社員さんと顔見知りになった。契約社員さんとは部署が違ったが、帰りの路線が一緒だった。
 一緒に帰る同じ部署の人たちに混ざって、その契約社員さんがいた。

 ある日、同じ部署の人たちが残業で私だけ先に帰る事になった。一人で帰る事にホッとしていたが、後ろから声をかけられた。

「一人なの?」

 振り向くと、契約社員さんだった。一人の時間が消え去って、再び顔を引き締める。
「はい。みんな、残業で……」

「そっか。僕も今日は早く上がったから、残業はないんだ」

 そんな雑談をしながら、電車に乗り込む。

「クリスマスはどうするの?」
 そう聞かれて、「別に予定はない」と答えた。

「そっか。だったら、食事でもどう?」

 この頃は仕事以外で人に会いたくはなかった。仕事でもなるべく人に会いたくなくて、夜勤を選んでいた。

「でも、予定が入るかもしれないので、約束は出来ません」

「だったら、連絡先だけ交換しよう。当日に連絡するから、それで決めて」

 携帯を持っていないと言おうかと思った。が、携帯を持っている姿は見られているので、通用しないなと諦めた。携帯を取り出して、連絡交換をする。
 私の頭の中は、クリスマスよりもその先の年末年始に実家に帰る事の方が大切だった。

 クリスマス当日は、部屋でごろごろしていた。
 行く気はなかったのでお昼になるまで眠っていた。携帯を見ると、電話が一件あった。契約社員さんからだった。

 私はそれを見なかった事にして、お昼を食べた。

 パソコンを弄っていると携帯が振動した。契約社員さんからだろうと思って、無視をした。
 時計を見ると4時を過ぎていた。これから外に出るのは、寒いので嫌だなと思った。

 夕飯に何を食べようと思っているところに、再び携帯が短く振動する。
 契約社員さんからだと思ったが、それは家族からのメールだった。メールを見ている時に再び、派遣社員さんからの電話が来た。

 操作を誤ってうっかり、電話に出てしまった。
 切ろうかなと思ったが、部署が違うとはいえ、職場で顔を合わせる人間と考えると迷ってしまった。

「……も、もしもし?」

「もしもし?今日、どうする?」

「ごめんなさい。体調が悪いので……」
 ありきたりなお断りの文面を口にすると、相手が間を開けずに「少しぐらいなら、大丈夫じゃない?」と言ってきた。

 いつもの押されるパターンだなと思った。
 以前ならばもう少し粘る気力と体力があったが、今の私にはそれはない。

「えっと。大丈夫ではないです」

「本当に?食事だけ。少しだけでも、ダメ?」

 私は、この人もいつもの面倒な男たちだなと判断した。即座に電話を切るのが正しいのだが、私にはそれが出来ない。

「無理です」
「え?でもさ。少しだけ。ご飯を食べたら、帰っていいよ」
「本当に体調が悪いので」

 これを何度か繰り返して、やはり私は負けた。
「分かりました。じゃぁ。ご飯だけ」

 待ち合わせの場所を聞いて、私はコートを着て外に出た。
 雪国育ちでも東京の風には負ける。雪国の風は湿っていて、水分を含んでいる分暖かく感じるが、東京の風は乾いていて肌を刺すように感じる。
 外に出て、私は後悔しながら歩いた。

 待ち合わせ場所に、契約社員さんは車で来ていた。
 東京ならば、電車だろうに……と思ったが、車で来るという事は地方出身者だったのだろう。契約社員さんとは、あまり話してなかったので、どんな人なのか年齢も出身地も知らない。

 車の窓を軽くたたくと、ドアを開けてくれたので、私は車に乗り込んだ。

「寒かったでしょ?」

 契約社員さんは、私にブランケットを渡してくれた。
 車という空間には嫌な思い出があるので、居心地は最悪だった。

 車を発進させながら、「どこに行く?」と聞いてくる。
「どこでもいい」
「お寿司すしで良い?嫌いなものは?」

「梅干しや納豆などがダメ」
「そんなのはないよ……って、納豆巻きがあったか」

 契約社員さんは最初から安い回転ずしに行く事を決めていたようだった。

 お寿司すし屋について、テーブル席につく。

「おごりだから、たくさん食べてね」

 契約社員さんはそう言ったが、誰かと食事をしたい気分でもなければ、体調も悪い。
 食事を前にして、私は固まっていた。

 契約社員さんはそそくさと、お水やおしぼりを持ってくる。

「ありがとうございます」

 感謝の言葉を述べながら、『俺すごいでしょ。褒めて』というものがないだけマシかなと思った。


 



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