11話 スキ
会長様は私の言葉を待っていた。
「本当のことを言って」
薄暗がりの部屋の中、会長様の声が響く。
会長様がどんな顔をしているのか分からない。
自分がどんな顔をしたらいいのかもわからない。
本当の事……。
本当の事とは何だろう。
好きだと言ったところで、何が変わるのか。
ここで、『嫌い』はあり得ない。
けれども、『好き』はもっと言えない。
言えない。
言えない言葉の代わりに、涙が溢れてきた。
鼻をすするようになって、ティッシュを求めてベッドからはい出した。
会長様もベッドから出てくる。
ティッシュで鼻をかんで、外を眺める。
都会の夜は明るい。
会長様が私を抱きしめてくる。
「そんなに私が好きなの?」
「……す…き……。好きなの」
私の声が部屋に響く。
会長様の腕に力がこもる。
ああ。この関係が終わってしまう。
良くも悪くもこの関係のままではいられなくなってしまう。
会長様の腕の中で、私はそう思った。
朝になった。
夜の事が全て恥ずかしい。
「こうなる予感はしていた?」
会長様は私に問う。
私は首を振る。
「私はこうなる予感はしていた。……実は昨日からヤバくて」
服のボタンを弄りつつ、私は会長様の声に耳を傾ける。
「なのに、ノアちゃんが誘うから……」
「さ、そ、う?私が?」
目が点になる。記憶にない。全く記憶にない。
「だから、指で掌をなぞってたでしょ。あれ、ヤバいって」
……はて?
全く覚えていない。手を繋いでたのは記憶にある。けど、なぞっていた?
頑張って指をどうしていたのか思い出そうとするが、なぞっていた記憶がない。
「……そうだっけ?」
「……無意識?」
かみ合わない会話を残しつつ、ホテルを出る。
手を繋いで歩きながら、会長様が「昨日の眠ってしまったの覚えている?」
私は黙って、頷いた。会長様が眠ってしまったあの時の話だとすぐに分かった。
「あれも、何か分かった?」
私は首を傾げる。昨日の手を握りながら眠ってしまったあれが、何だと言うのだろう。
会長様が笑って言った。
「愛だよ」
言葉が飲み込めない私に、さらに会長様が続ける。
「君は私を愛しているんだよ」
あ・い? 言葉が私に染み込む。
会長様は私の頭を撫ぜる。
「分かってないの?」
分かっていない。分かっていないどころか、私が人を愛する事なんて出来ないと思っていた。
「そっか」
私は小さく笑った。
人を愛する事が私にもできるんだと知った。
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