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☆6☆ お金2

 答えながら不安が広がって、出入り口の方を見た。
 その時、お店に髪の長い女性が入って来た。
 一瞬、それが会長様だとは分からなかった。
 スカートに長い髪、ふわりとした女性らしい雰囲気。全てが会長様とは遠いものだった。

 手にしたギターで歌いだしたところでやっと、会長様だと理解できた。

 と同時に、それは何なのかと思ってしまった。
 それが本当の会長様というのも、変だ。私がやる男装と同じような意味合いだろうか?
 私の女装に近いのだろうか?会長様もそんな遊びを楽しんでいるのだろうか?
 それとも、そう考える事が失礼な事で、これが本当の会長様と思えばいいのだろうか?

 歌は一つも頭に入って来ない。
 傍に双さんがいる事も、煩わしく思えてくる。

「あれが、知り合い?話しかけなくていいの?」
「いい歌だね」
「私、この歌知っている」
 双さんは歌の最中でも、思ったままを口にしているが、私はそれに答えるのさえ面倒だった。

 黙って聞いてほしい。
 私も、黙って聞きたい。そして、考えたい。

 これは何なのか。

 歌が終わって、会長様が人に囲まれた。
「うまかったね」「良かったよ」
 そんな声が聞こえる。
 私もその場に行けばいい。「来ちゃった」と言えばいい。
 そう思うのに、身体は動かなかった。

「その子、誰?」
 そう会長様に聞かれるのが怖かった。出会った経緯なんて、言えるわけがない。
 ビアンサイトで適当に見繕ったなんて言えば、会長様は私を軽蔑する。
 聞かれなくても、双さんの口の軽さでは何を言うかも分からない。

 会長様は楽器を仕舞って、お店を出て行った。

「話しかけなくて、良かったの?」
 双さんがそう言ったが、「いいの」と言って私たちも店を出ようと促した。

 双さんは彼女が誰だったのか、どんな知り合いだったのかを聞かなかった。
 ただ、あの喫茶店をやたらと気に入ったらしく「また行きたい」と言っていた。

 その後もしばらくやり取りが続いて、あの喫茶店に入り浸っているような事が書かれていた。
 お金の事は何もなかったが、想定内だったのでこちらから言い出すのはやめた。

 双さんがお金の事を言い出したのは、2週間を過ぎた頃だった。

「お金、返します」
 ちゃんと覚えていたんだなと感心してしまった。
「別にいいですよ」
 私は本当に、別にいいと思っていた。これ以上、双さんとお金のやり取りをして苛立つのが嫌だった。

「そんな訳にはいきません。返します。で、いくらでしたっけ?」

 返すと言いきった割には、金額を覚えていない。だから、別にいいと言っているんだと叫びたくなった。
 そして、実際に長々とメールで書いてしまった。

 その後、双さんからは謝罪メールが来たが、私は返事をしなかった。


 



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