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20話 変わってゆく関係

 名前のない関係は名前がないまま、変わっていった。

「私、恋人なの?」
 思わず聞いた言葉に返ってきたのは、何とも言えない答えだった。

「え?ああ。そう言うの求めているの?」
「……」
「そっか。安心したいもんなぁ。独占したいんだね」

 何それ?安心?そんなものこの関係に一度だってあったことはない。
 恋人なんていう関係になっても、何も変わらない事は分かっている。
 独占なんて出来るわけがない事も分かっている。
 けど、彼女が何を求めて私に好きと言ったのか分からない。
 ただ、『好き』と言えば、私が喜ぶと思って言っただけなのだろうか。

「ノアちゃんはどうしたいの?」
「……一緒に暮らすとか?」
 あり得ないことを言ってみる。
「んー。昔ね、一緒に暮らそうって言ってた子が居たんだよ。結局、一緒には暮らさなかったけど」
 それは、暗に断られているという事なのだろうか?と考えていると
「だから、たぶん、無理」
 と、きっぱり拒否の回答が来た。
「そっか」

 分かっている。一緒に暮らす未来はない。

 別の日。
 会長様がちょっとだけプライベートな話をして、私の知らない誰かを褒めていた。
 私は、そんな人がいるんだなと思って聞いていたが、唐突に話が途切れた。
「嫉妬するなよ」
「なんで?嫉妬するの?」
 会長様の唐突な言葉に疑問符が湧く。
 そんな人が会長様の傍に居る話として聞いていたのに、どこに嫉妬の要素があるのか分からない。

「他の人を褒めていたら、嫌な気分になって嫉妬するでしょ」

 ……ん?私もそんな人たちと同じだって?
 好きな人の好きな人間の話を、聞けない人間だってこと?
 今更、それくらいで嫉妬するわけがない。

「してないよ」
「本当??」

 嫉妬なんてしていなかったけど、その話はそこで終わってしまった。

 他にも、すれ違いはあった。会長様からメールがやってきた。

「何に怒っているか分かる?」

 いくつかは上げられる。
 うっかり地雷を踏んでしまったかもしれない点は、いくつかある。
 会長様との関係で、地雷を踏まずに進むのはとても難しい。
 傍に居るためには地雷を踏まないように、距離をとらなくてはいけない。
 けど、もうそれも無理と思うくらい、私の余裕がない。
 まだわずかにある察知力で、地雷を踏んだかもしれない事は分かる。

 いくつかの点を挙げて、メールに書きこむ。
 正解だったらしく、「分かってるね」と返ってきた。

 ……でも、もう、こんなのも疲れた。
 もう、余力がない。次は察知する力もないかもしれない。
 私はそう思いつつ、何も言わなかった。

 この関係は続かない。
 どうして、ちゃんと怒っていることを言わないのか。
 どうしてちゃんと、悲しいという事を言えないのか。
 どうして……。

 言えない事が増えていく。

 終わりしか見えないから、言えなくなる。
 そして、終わりを見る度、これは『私の錯覚だ』と考え直す。
 ただ、私が悲観的になっているだけ……

 けれど、悲観的な考えが消えない。

 その理由を知っている。
 どうしたら、もう少し余裕ができるのかも知っている。
 けど……その前にもう少しだけ、会長様の傍に居たい。

 傍に居たい。
 傍に居たら、私は悲観的になってしまう。

 会長様は私を支えられない。
 私は自分でどうにかするしかない。
 そして、もう、どうしようもない。

 関東に来て、2年が過ぎた。
 もう、タイムリミットだと私の中で何かがささやいていた。

 




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