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楽器は生きていると思った瞬間

演奏者にとって楽器は自分の分身でもあり恋人だ。
管楽器は息を吹き込んで命を与える。
自分と同じ体温になった時、自分の体の一部となって語りかけてくれる。
ギターは正に恋人だ。
いつも両手で抱いて優しく指でつま弾くと、自分の代わりに物語を話し始めてくれる。
どんな楽器も長い時間一緒にいてこそ心を通わせてくれると言ってもいい。


音楽仲間と楽器

もう数十年前になるが田舎町のアマチュアバンドに入っていた。
フロントはトランペット二人とサックス、それにトロンボーンだ。
バックにベース、ギター、ドラムという取り合わせだった。
リーダーは一番年上のベースで私はチームの中では若い方だった。

バンド仲間が口にした別れの言葉

2年前のある日、その頃一緒にバンド活動をしていた仲間が家に来た。
数十年ぶりの再会だった。
昔話で盛り上がったが楽器の話になった時、彼は予想していなかったことを口にした。

「俺のギターを貰ってくれないだろうか」

私は、その突拍子もない言葉に「えっ?」と言った。
ギタープレイヤーならまだしも、ドラム担当の私がギブソンやゴダンといった高価なギターを頂いても猫に小判だ。

なぜそんなことを言い出したのかと思って問い詰めると「実は癌の宣告を受けて手術をしたんだ」と悲しそうに打ち明けてくれた。
私は「手術をしたのならそんなことは言うなよ」と返した。

私もちょうどそのころドラムの練習を再開していたから「もう一度一緒に演奏しよう」と彼を励ました。

それから半年後に彼は亡くなった。
私は彼のギターを貰わなかったことに心が痛んだ。

彼はバンド仲間の中では一番練習をする人だった。
どんなに難しい曲も練習をして弾きこなしていた。

そんな彼がどうして自分の愛器である楽器を私に託そうとしたのかと考えた。
おそらく私なら、誰かにその楽器を使ってもらえるように考えてくれるだろうと考えたに違いない。

そう思えた。
楽器は鳴ってこそ生きるものだ。

彼は自分の分身を私に託しに来たのだろうと思えた。
しかし今となってはその真実を知ることもできない。

倉庫に眠っていたトロンボーン

私が一番最初に楽器を買ったのは10代だった。
ヤマハのトランペットの上級モデルだったが、アルバイトをして手に入れたものだ。
長い間どこにあるのかも分からなくなっていたが、最近片付けをしていて見つかった。
さすがにピストンも動きが悪いが手入れをしてやれば動きそうな気がする。

その前も倉庫の片付け中にトロンボーンを見つけた。
娘が小学校の金管バンドで使っていた楽器だ。
当時トロンボーンをやっていた友人が買い替えるというので譲って頂いたものだ。
この楽器もヤマハの上級モデルで、少し手入れをすると管の抜き差しも問題なくできた。

まだ充分使えそうなので、セッションでお出会いした人に使って頂くことにした。
普段はウッドベースを弾いているが、トロンボーンも練習しているという方だ。
しかし事情があり楽器が手元になく練習ができないと聞いていた。

それならと声を掛けたのだ。
そのトロンボーンも我が家で眠っているより、誰かに息を吹き込んでもらう方が生き返るに違いない。

それから数か月後に、セッション会場で再びその方とお会いした。
そしてその日はお譲りしたトロンボーンを持って来られていた。

我が家にいたそのトロンボーンと再会し一緒に演奏することができたのだ。

今使っているドラム

現在私が使っているドラムは30年ほど前に知人から5000円で譲り受けた楽器だ。
その方はドラムをやっていて新しいものに買い替えるタイミングだった。
譲り受けたのはドラムセット全てではない。

バスドラムやタムなどいわゆる太鼓系だけだ。
シンバルはもう半世紀も前に買ったものをいまだに使っている。

この楽器も長い時間倉庫に置いていたのでチューニングピンなどが錆びていたり、他の金属部もくすんでいるが音は悪くない。
おそらく木部が乾燥しきっているせいでよく鳴ってくれるのだろう。

シンバルも毎日鳴らしていると、段々と自分の好みの音で鳴ってくれるようになってきた。
結構長い時間叩いているのでやっと自分の鼓動に共鳴してくれるようになったのだ。

バスドラム、タムなどの太鼓はそんなにグレードの高い商品ではないが、練習を再開するに当たりヘッドを新しいものに交換した。
それなのにこれほど好みの音で鳴ってくれるのは、ヘッドやシェルが私の肉体と馴染んできたからなのだろう。

私もそんな楽器に応えるように、グルーブ感を意識しながらスティックを振り下ろす。
すると楽器は、私と同じようにドライで枯れた音でその空間を包み込んでくれるのだ。

倉庫から出した時は古いからもう使えないかと思ったが捨てなくて良かった。

やはり楽器は鳴らすことで蘇り、命を授かって自分の体の一部になってくれるのだ。

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