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村長の引継ぎ⑥

《村の運動会》

 いよいよ五月三十一日が来た。快晴にて、朝から各家庭で弁当作りが始まった。
 私は開会の挨拶をメモし、会場での道具整備や石灰でライン引きを始めた。議員連中も楽しそうに進行表を見て、道具の数を確認していた。
 司会は事務の河野さんで、彼女は有線放送でおなじみになっており、村でも人気がうなぎのぼりで、毎日放送してほしいという伝言ももらっているらしかった。一度は、夕方五時を知らせる自動音声の放送を自前で放送し、畑で聞いていた私は、おや!? 故障したから代理かなと勘違いしたときもあった。

 プラカードを持った赤白チームが入場してきた。入場の曲も、その紹介アナウンスも有線放送でできるように、役場から広場までリモート用機器を長いコードで延長しておいた。設備のメーカーとは無線有線で試行錯誤したが、音声が安定している有線になった経緯があった。
 河野さんは張り切っていた。
 役場の窓を覗き込んで有線風景を見物する人も出てきて、化粧もきちんとするようになっていた。年頃ではあるが、どんくさく交際相手はいなかったが、声美人が広まり、以前より華やかな雰囲気をもつようになっていた。

***

 赤白それぞれ二十数名が整列し、私は促されて壇上に立った。

 彼らの運動着は数年前に全てのサイズと赤白帽とが多めに発注されており、実際は副村長の発注ミスだったのだが、役場の在庫が今後も役に立ちそうだった。
 男は紺で女はエンジで統一されており、赤白帽子を被った老若男女が整列しているので、外部の者がみたらTV番組の撮影でもしているような風景だった。

 演台からは、丸い競技場の外に敷かれたブルーシートが日光の照り返しで水面のように見えていた。こうした光景を見るのは村を出る前なので、かれこれ二十年ぶりだった。
 当時は広場も狭く、運動着もばらばらで、村の半数くらいしか参加していなかったが、ここまで盛り上げてきたのは前村長の功績だった。

 私はそうした感慨に浸りつつ、マイクを通して、村民皆さまの健康と発展を祝して、この歴史ある運動会を盛り上げましょう!小此木(おこのぎ)村バンザイ!と叫んで拍手の中演台を下りた。

 運営係のテーブル脇で副村長が事務局の注意事項を話すのに、あちこちマイクを探していたが、河野さんはしびれを切らし、もう!と言って競技の解説に入っていった。
 さあ、最初の競技は徒競走です。軽快な声が響き渡った。
 赤組からは誰でしょう、白組からも誰でしょう、赤組は菅原さんの息子さん小学生です、白組からは安田さんの娘さん中学生です、さあどうなるかぁ~。
 全員顔見知りなので、直前まで出場者がわからなくても解説は大丈夫だった。

 競技は次から次へと展開していき、審査員も競技補助も毎年のことで勝手知ったる段取りにて、イベントはスムーズに進行していった。

 山の中を縦横に足り回っている子供たちの運動神経は街では想像がつかないほどで、木登りや綱渡りなど曲芸師かと思うような子らが活躍していた。
 ひとり綱渡りついでに宙返りした髪の長い子がいて、どこの女の子かと副村長に聞くと、安田んとことの息子だべ、あそこは剣道やらしてるから髪の毛伸ばしっぱなしだ、とのこと。漫画で見た戦国時代のくノ一を彷彿させる身軽さだった。

 綱引きでは白組の最後尾に巨漢の女性がいて、太い綱を軽々持ち上げ、よーい始め!の掛け声とともにぐいっと引くと、赤組は前のめりになってなだれ込むように倒れ、勝負あったとなった。聞くと彼女は河野さんの母親とのことだった。
 だからか、河野さんの、白組余裕で勝ちました、という声は若干円やかだった。

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 昼食をはさんで午後の部になるが、ブルーシートで地酒を飲む親父たちが踊り始め、おばさんらも一緒に囃し立て、太陽が真上に上がっている中、子供らも好き勝手に走り回り、運動会を再開できるのか心配になった。

 河野さんの、さあ、午後はリレーもありますので、赤白頑張りましょう!という掛け声で、酒も入って皆はワーワーと応援し始めた。
 白82赤87の接戦の中、玉入れ競争は隣の籠に入れたりするものもいて、でたらめな様相を呈していた。

 競技のクライマックスとなるリレーは圧巻だった。各年代順に六名どうしの戦いで、いずれも脚自慢が選抜されており、赤白のシーソーゲームで大歓声に包まれていた。
 第四走者どうしの激戦。残るは第五走者とアンカーだ。
白組は予定通り、菅原の親父さんがジャンプして準備運動を始めていた。若干赤に遅れてバトンを握ると、狭い道をくぐるような独特な動きであっという間に追いつき追い越していった。
 青年のような体格の角島さんのおじいさんが準備運動を始め、スタートラインで見えたふくらはぎは光沢を放っていた。
 バトンを受け取って走り出すと、孫たちがジー!ジー!と飛び跳ねながら応援し、ラストスパートでは七十歳台には見えない勢いを見せ、ばあさまが、じっさまー!と甲高い声を上げると皺の深い顔をくしゃくしゃにしてゴールを切った。

 白が勝ち、白92赤90で村踊りに突入していった。

 副村長の閉会の挨拶は簡素なもので、来年も頑張りましょうということで、役場の連中は後片付けとなった。彼らもいつのまにか地酒をきこしめしていて、いつも姿勢よく歩く細田さんもブルーシートをゆらゆらと運びながら、いつのまにか地面とシートの間で眠ってしまい、しばし行方不明になっていた。

 こうして、村の一大イベントの運動会も終わり、初夏を迎えた。

【村長の引継ぎ】
最初の話:
村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:村長の引継ぎ⑤《運動会の準備》
この話:村長の引継ぎ⑥《村の運動会》
後の話:村長の引継ぎ⑦《若かりし頃》

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