見出し画像

いつの間にか、大人になってた

学生の頃は、ブラックコーヒーが飲めなかった。ただただ苦くて、真っ黒で、こんなものの何が美味しいのか。人は何を好んでこの黒い飲み物を飲んでいるのか。気が知れなかった。

当時、付き合っていた彼とはよくカフェに行った。喫煙室でタバコをふかしながら、その真っ黒い飲み物をストローで吸う彼の姿をよく覚えている。わたしはブラックコーヒーにミルクとガムシロップを半分入れて程よいカフェラテ。4つ年上の彼が、すごく大人に思えた。

その時のわたしは、大人というものを理解することができなかった。何が好きでタバコを吸うのか。何が良くて苦いものを飲むのか。楽しくない仕事を続ける意味も、昼間なのにホテルに行きたがる意味も、車を持っているだけで優越感に浸る意味も、全くわからなかった。

今でも大人のすることはよくわからない。自分も大人と呼ばれるまで年齢を重ねてしまっているが、大人になり切れていない子ども。子どもを捨て切れな大人もどき。

それでもここまで歳を重ねてきて、一つわかったことがある。ブラックコーヒーはとても美味しい。本当に美味しい。まず香りがいい。コーヒー豆を挽く音と感触と香り。ドリップする時の静けさ。ここでも香り。豆の種類や挽き方や水によって変わるコーヒーの色、味、深み。それから、やっぱり苦いのがいい。そして黒いのがまたいい。これが、大人の娯楽。

コーヒーが包んでくれる空間、それを楽しむひととき。その時間を共にしてくれる人。わたしの中に残っている子どもを捨てる気はさらさらないけれど、この空間を楽しめるようになったのは、大人になってから。子供の頃に思い描いていた大人とは、かけ離れている大人になったわたし。でも思い描いていた大人よりもずっと、人生を楽しんでいるわたしがいることは間違いない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?