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なぜ、下級生は廊下を直角に歩くのか? 第2章 その5

忍耐と根性

競争率の高い宝塚音楽学校に入るためには相当な努力が必要です。しかし、大変なのはむしろ入学してからです。
規律の厳しさ、それを守り続けることはもっと大変。
今では死語になっている「忍耐と根性」という言葉がぴったりくる場所なのです。

激しいダンスの最後は全員で三点倒立

宝塚時代はもちろんのこと、私の人生の中でこれから先もきっとこれ以上の「忍耐と根性」はないといい切れる経験をお話しましょう。

私が研五になりたてのときでした。
『マイ・ハイ・スイング』というショーでのことです。
私の大恩師である故鴨川清作先生の作品です。
稽古初日、鴨川先生は、「今回全員にこれをやってもらいます」といって私たちの目の前ですうーっと足を天井に伸ばして、ヨガの三点倒立をしたのです。
トップスターの鳳蘭さんはじめ、星組全員が先生の倒立を見てあぜん。空気が止まったような感じでした。
しばらくだれも何もいえないままぼう然としていると、「これ本当に全員だからね!」と先生。

初日まで一カ月しかありません。

鬼の鴨川というニックネームを持つ先生です。
どんなことがあろうと実行するのはだれもが承知のこと。
その日から、さっそく三点倒立への挑戦がはじまりました。

来る日も来る日も倒立の練習に明け暮れ、劇団の稽古場だけでは間に合わないので実家でも一人暮らしのアパートでも練習をしました。
そのうち一人でき、二人でき……。トップスターも上級生も下級生も関係ありません。
全員がやるのですから。

とにかく練習あるのみ! 

白目の血管が切れて目を真っ赤に充血させながらも練習する人、何度も倒れて背中がアザだらけの人、髪の毛がごっそりと抜けた人、頭の皮がはがれてしまった人……。
みんなまるで何かにとりつかれたかのように練習をしていました。
しかし、大変なのはここからでした。

三点倒立をする場面が問題だったのです。
プロローグにカンフーを元にした激しいダンス場面を踊りきり、その激しいダンスの締めがこの三点倒立でした。
そのダンスの激しいこと、長いこと! 七分近くはあったでしょう。

ダンスの終盤はジャンプジャンプの連続。それだけでも心臓がバクバクしているのに、そこから最後に倒立だなんて。 
振付ですから、倒立に入るカウント、体重を乗せるカウント、足を伸ばしV字になるカウント。
決められたカウントで足を降ろしはじめ床に着くカウントと、すべてのカウントが決められているのです。 
倒立だけはできていた人でも激しいダンスの後にできるかというと、その難易度は非常に高く、何度チャレンジしてもバタバタと倒れる人が続出しました。

それでも初日は近づいてくるのです。

オケ合わせでもまだできない

稽古場で最終の通し稽古の日でもまだできない人がいました。
できない下級生のアパートまで行き、夜遅くまでマンツーマンで教えていた上級生もいました。

通し稽古のあと、オケ合わせといって稽古場にオーケストラが入り、生の演奏とダンスや歌、お芝居の間などを合わせる日があります。
そのオケ合わせの日でさえまだできていない人がいたのです。

しかし鴨川先生はできない人に「もうやめよう」とか「出なくていいよ」ということは一度もおっしゃいませんでした。
淡々と普通どおりに私たちを見守っていたのです。

そして初日。

緞帳が下りている舞台で全員がスタンバイ。もう心臓が口から飛び出しそうとか、吐きそうとかそういう状況を通り越していました。

幕が開き、運命の初日

そして運命の初日の幕が開きました。
ダンス場面が進み、終盤になっていくにつれどんどんダンスが激しくなっていきます。
そして最終、ジャンプの繰り返し。ジャンプジャンプ、ジャンプジャンプ。
オーケストラの音が次第に大きくなっていきます。

ジャンプジャンプ、ジャンプジャンプ。

ダンスが最高潮に達したとき、ぷつんと音が切れて場内は静寂に包まれました。
いよいよ全員による三点倒立です。
静かに厳かな雰囲気に変化していき、私は倒立することだけに集中していました。
曲に合わせてゆっくり体重を乗せて、ふんわり足を浮かせて、足を徐々に上に、ピッタリ伸ばしてストップ!

その瞬間、客席からはこれまでに聞いたことや感じたことのないどよめきがおこり、私のからだはそのどよめきで一瞬グラリと揺れたほどでした。 
渾身の力を振り絞ってからだを支えて倒立をキープして、ゆっくりとV字に。
そしてまた閉じてスムーズに膝を曲げてカウント通り床に着地しました。
なんと、オケ合わせでもできなかった人までができたのです。全員成功したのです!

会場からの拍手はまるで地響きのようで、私の舞台生活の中でも最高に感情のこもった熱い拍手でした。

「達成した」
しかし、それはこれから何日も何回何十回も続く試練の幕開けでもあったのです。

この公演は東京公演もあり、その千秋楽の倒立が終わった後、そのままゴロゴロと袖に転び続けて入っていったのですが、あまりの過酷さに袖に入った途端に私は「もう二度としない!」と叫びながら早替わり室に走っていきました。

このときの開放感は、どんよりとした雲が一瞬にして晴天になったような感じでした。
まさに胸のつかえが一気にとれて、「天にも昇る気持ち」だったのです。
しかし、その後の長期にわたる中南米公演でもこのダンス場面は再演されたのです。
このときは全く知るよしも無かったのですが。


「なぜ、下級生は廊下を直角に歩くのか?」桐生のぼる著書より 
                        つづく・・・・

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