第3話 楽器

その男性はAと言った。
「俺、ピアノの講師やってんねん」
その人は私の涙を飛ばすような笑顔でそう言った。今の私とは正反対な人だ。
「良かったら、君もレッスン来てくれへんかな」
一言Aさんは言う。
私は何も言えずにただ立ち尽くしてしまっていた。けれどそんな様子を見たAさんは
「いつでも待ってるからな、ほな聞いてくれてありがとな」
それだけいい残して彼は去っていった。
その姿は何かを勇気づけてくれるような姿だった。


長い長い校長先生の話を終え迎えた夏休み。
初日から部活というなかなかハードなスケジュールに肩を落とす。
「初日から部活か、ゆっくりしたかったな」
なんて独り言を呟きながら寝癖だらけの髪の毛を整える。毎日なかなかくしが通らない。
さっきまでは寝癖だらけだったと言われても信じられないくらいに髪の毛をセットし、朝食を済ませる。
まだ眠い目をこすりながら、真夏の炎天下の外に出る。汗が額を流れる。
今日は最高気温38度の猛暑日。
「あっつ…」そう呟いたのは無理もない。
学校につき、部活場所の音楽室へ向かう。
部長である私がまだ誰もいない音楽室の鍵を開け、冷房をつける。
水分補給をした時だった。
ふと朝日に照らされているグランドピアノと目が合った。
何気なくグランドピアノの椅子に座ってみる。
少しホコリが溜まった蓋を開け、鍵盤に手をかける。指にすべめを集中して弾こうとした。けれど結局過去の自分を思い出し、その蓋を閉じてしまった。
昨日のAさんの顔を思い出す。
けど直ぐに追い払って自分の担当楽器、クラリネットに手を伸ばす。
深呼吸して息を整える。
決心したように自主練をし始める。
自主練しながらやっぱりAさんのことが頭をよぎる。
(ピアノレッスン…)
何か引っかかる。何故か分からないけど、ずっと頭をよぎるピアノレッスン。
ちょっと考えてみようかな、そう思ったのも懐かしい。

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