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【短編】不思議な髪飾り①

彼女のバレッタには秘密がある。
2024年1月1日。元日に彼女はその蝶の形のバレッタと出会った。
数千円の値札が貼ってあったことを考えると、ありえないことにその蝶の髪飾りの輝きは特別だった。
銀の縁取りは本物の鉱物のように煌めいて見えた。
一方で会計を済ませてそれを袋から取り出して、自分の髪につけたとき、まるで本物の蝶を頭に飾ったように感じた。
彼女の髪は首の中ほどで切りそろえられ、結ぶほどの長さがない。
しかし、不思議とその大きな髪飾りは彼女に似合い、勤務先の事務所では彼女の能力を開花する特別なリボンと呼ばれた。
彼女はそれ以来ひと月以上その蝶の髪飾りをお風呂と時と寝るとき以外、髪から外したことがない。
寝るときですらパジャマのポケットにつけている。

彼女がそれほどその蝶の髪飾りを肌身離さず身に着けているのには、理由があった。彼女はそれを買って以来、不思議な夢を見るようになったのだ。
バレッタの蝶は夜になると不思議な白い光を放ち、夢の中で彼女に語り掛けた。

「この世界を浄化する種を育てる場所を探しています。その場所を一緒に探してもらえませんか」
「人にものを頼むときは、まずは名乗るのが礼儀ではないでしょうか」
夢の中なので、彼女は何も恐れずに蝶のバレッタから瑠璃色の羽の生えた人間に姿を変えた女性に不機嫌に言い返しました。
夢の中だというのに、彼女はとても眠たかったのです。
「私に名前はありません。私はこの星のルールに則った世界に生きていません」
「別の星から来たということ?あなたは宇宙人なの?」
「そうとらえていただいてかまいません。世界は穢れ、あらゆる生き物にとって生きづらくなりました。その世界を浄化する種を私は持っています。この種がこの星のどこかに根付き花を咲かせれば、この星は穢れによるあらゆる問題から解放されるでしょう」
「どういうこと?環境汚染がなくなるとか。一本の樹が全世界の空気清浄機になってくれるってことかしら」
「そういう理解でかまいません」

夢の中だからか名前のないバレッタの蝶人は、地球の人間社会のルールを不思議と理解していた。

「そんな結構な種なら、うちの庭に植えてみますか。家庭菜園をしている広めの庭なんですよ」

これもまた夢の中だからか、状況をあっさり受け入れてリビングのソファから立ち上がり、そのまま二人で裸足で窓から庭に出た。

「どうやって植えたらいいんですか」
「土に穴を掘って埋めてください。それだけで十分です」

肥料はいらない。土も耕さなくて良い。簡単だったので、言われた通りに種を土に埋めた。

それから、種は放ったらかしだった。しかし、蝶人はたびたび夢か現か話しかけてきた。

「今日芽吹きますよ」
「蕾がつきました」
「明日の朝、花が咲くでしょう」

見に行かなくても植物の成長が分かるのだ。蝶人に話しかけられるほど、種への興味は失せた。どうせ夢の中の種だから。

ところが、冬に植えた種が春に芽吹き、秋に花を咲かせた頃、困ったことが起きた。
庭から硫黄の臭いがするようになったのだ、

「話が違うじゃないの。むしろ空気が悪くなってしまったじゃない」

「土が合わなかったようです。お願いです。一緒に理想の土地を探してください。種はまだたくさんあるのです」

「暇があればね」

「探してくれないなら臭い木はそのままです」

なんてことだろう。親切に土地を貸した人間を蝶人が脅してきた。

「探してくれたならとりあえず臭いは消します。しかし、木はそのままですから、いつでも悪臭が放てます。理想の土地を見つけたら、木を抜きましょう」

「見つからなかったら?」

「木がどんどん大きくなって、大気汚染を引き起こします」

「断る選択肢がないじゃないの!」

ぷんぷん怒っても後の祭り。
こうして世界を浄化するため、理想の土地探しが始まった。

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