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続・本当に怖くない猫の話 part.9 「ねこ日記」

Twitterの終わりに#の文化がきょうびは死語になりつつあるらしい。
検索に引っかかるか?どうか、人気のあるコンテンツに便乗するか?を考えてばかりなのは、今や大人だけ。子どもたちはタイトルにヒキのあるコンテンツであれば流行ってようがどうでもいいらしい。
好みの全てが昔の子供っぽい児戯だと笑われれば、自分こそ古い文化に乗っかった死語の代名詞ではないかと"何でも屋"は思う。
社会の常識に適応できず、何でも屋として仕事を始めた時は、本当に"何でもやる"という気概はあった。でも、実際には蓋を開けてみれば、不倫調査や婚約者の身辺調査などといった世間の探偵がやっていそうな事は、到底「何でも屋」には引き受けられない。機械には疎いので、ネット関連の代行事業もできない。読書は好きだが、他人のブログの代筆は気が乗らない。だから、ライターにはなれない。掃除も下手だ。
結局のところ、何でも屋ができることといったら、買い物代行とか留守番代行とか猫探しとか、電球を替えたりとか、日常の家事の範囲でも、子供のおつかいレベルの事しかできなかった。
それでも自分は"何でも屋"。というのが、何でも屋の矜持だ。
結婚相談所のスタッフが、本業だとは、どうしても言いたくない。何でも屋の仕事が、たとえ1ヵ月に1本ぐらいしかなくなったとしても、何でも屋の収入が結婚相談所スタッフとしての働きを下回っても、辞めるという選択肢はなかった。
趣味や副業ではない。
何でも屋が本業だ。

しかし、仕事が来ないのはいかんともしがたい。
この窮地を打開すべく、何でも屋はブログで日記を始めることにした。これは結婚相談所の同僚で、普段ほとんどの仕事を斡旋してくれる依頼人からアドバイスを受けたものだ。

「せっかくこれまでに数をこなされてきたんですから、経験したことをブログに書いてみるのはどうですか?もちろん言えないことも多いかもしれないんですけど、例えば猫に関する依頼なら面白いものがありましたよね。何も書くことがない時は、飼っている猫のことを書けばよさそう」

飼い主の事は書けないが、飼われている猫についてなら書ける。動画も公開できる。哀れむべきかな。猫にはプライバシーがない。
何でも屋に提案しながら、依頼人は我ながら良いアイディアだと思ったのか、「ハッピー+(プラス)でも猫日記をやりましょう」と弾んだ声で言い出した。彼女は最近Instagramを見ることにはまっているそうだ。

「そんなことして大丈夫ですか。ただでさえうちは、お客がいっぱいで満員御礼です。数カ月先まで会員を増やせそうにもありませんよ」

「なるほど。確かにそうですね。うちの看板猫たちなら人気者になるのは確実です。やめた方が良いですね」

「そうです。今やれば会員さんから口コミで広がるかもしれませんが、手に負えないことになるのは困りますよ。下手にインフルエンサーになっても、何かやらかしそうな気がしますし。僕は常識ないですから」

「私も常識は無いんですよ。やめたほうがよさそうですね」

結婚相談所職員である前に、社会人を十数年以上過ごした人間とは思えぬことを2人で言いながらため息をついた。ネットリテラシーというのは難しい。『ハッピー+』は、猫と人間の結婚相談所が売り文句である。実際は猫についての依頼はあまりないが、主に猫好き限定の結婚相談所だ。その看板猫は何でも屋が飼っている2匹の猫なので、何でも屋のブログとハッピー+のブログの両方に同じ猫たちの写真が出てきたら、盗用だと疑われないかねない。そのたびに、毎度何でも屋を兼業していると、説明するのも面倒だ。仕事がないのも困るが、それで、妙に宣伝になって、何でも屋の仕事が増えすぎても、結婚相談所の仕事が回らなくなる恐れがある。
こっちにはこっちの猫ってこっちにはこっちの猫を登場させるなんていう区別をしていても、いつかごっちゃになって間違えそうだ。

特に知識がないうちは、SNSが個人の管轄でできる範囲でやった方ががいいと2人は結論づけた。

結婚相談所の方が、猫についても人間についても話題は尽きないが、とりあえずは、目先の何でも屋の集客を考えなければならない。

何でも屋は、依頼人に相談した翌日から、特に猫好きの多そうなブログサイト(そんなサイトばかりだ)を選んで、猫日記を始めた。

自己紹介
どうも何でも屋です。主に猫に関する依頼を請け負っています。他には買い物代行などもしています。都内在住の方、お気軽にご依頼ください。猫に関する依頼につきましては、関東圏以外であっても、交通費等ご相談の上、ご依頼を承ります。猫を2匹飼っています。ねこ日記はじめます。

猫日記

○月×日
起きたら雨でした。毎朝猫に起こされています。大体朝の4時半ごろ猫たちにご飯をあげています。黒猫のクロは食いしん坊、三毛猫のセミはワガママです。
今日は、ネコクロがご飯をあげようとした途中に、餌の袋を食い破りました。ネコクロがこぼれたご飯を一生懸命食べている間、セミ猫はケージの中でずっとご飯待ちをしていました。セミ猫は落ちたご飯は食べません。プライドの高い奴のために、ご飯の手間がかかりました。いや、そもそもが食いしん坊な奴がご飯を散らかしたから悪いのです。

○月×日
起きたら曇り空でした。1日雨が降ったりやんだりしていました。秋なのに花粉症かもしれません。猫ではなく、人間が。今日もネコクロはご飯をもりもり食べました。セミ猫はいつもご飯をちょっとずつしか食べません。ご飯は何度も催促するのが好きです。しかし、ネコクロにもらったごはんを譲ってしまうので、ネコクロが肥えて困ります。ダイエットフード検討中です。

○月×日
3日ぶりに晴れました。休日に出かけるのが苦手なので、大体平日に買い物に行きます。今日は猫のご飯を買いました。なかなか二匹の猫の食いつきがよかったです。猫のドライフードは輸入ものが結構多いですね。日本産と何が違うのでしょうか?

ー三日坊主とはよく言ったものだ。
何でも屋のブログも3日で途絶えた。翌週になって再開してみたものの、やっぱり3日で終わってしまう。週に3日書けばいいと思ったが、あまりにアクセス数が少なく、依頼も来ず、やる気が失せて、数ヶ月経つとそのサイトを見ること自体ほぼしなくなってしまった。
読書が好きで、文章を書くのはあまり嫌いでは無いつもりだったが、やはり読者がおらず、やりとりがないとモチベーションは上がらないようだ。
天気と猫のご飯の事しか書かない日記では誰も読まなくても無理は無い。何でも屋らしさは微塵もない。
昔のたいして売れなかった小説家は、アクセス数など何もわからなかったのに、よくモチベーションが続いて書くことができたものだと、何でも屋は改めて作家という職業を尊敬した。世の中の文筆業界隈の人を見直したことが、ブログを始めて何でも屋が唯一得た成果だった。

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