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東と西の薬草園 ⑥-2「峠道の貸庭」の最初のお客様

果実町のレンタルガーデン「峠道の貸庭」は、冬季休園である。
利用はできるけれども、12月、1月、2月のレンタル料は取らない。
4月にプレオープン。5月には庭師の野人と孫のカエルが手掛けたイングリッシュガーデンでお茶会を再開することになっていた。3ケ月以上で契約できるので、それまでの準備期間と比べ、2月、3月の富居家の山はとても静か。
冬場の温泉旅館が書き入れ時で、香も山の別荘に住んでいない。冬場は寒いので、会長夫妻も東京に戻っていた。
しかし、3月1日から1組のお客さまが、遥だけしかいなかった貸庭のロッジをレンタルして住み始めた。

「花茶作りですか?」

「茶葉をいとで結んで作るらしいんです。一度上海土産に母が買ってきてくれたことがあって、とっても美味しかったんですよ。面白かったから、水に入れて1週間くらい自分の部屋に飾ってました」

要介護の母と静養にきたという赤石みどりは花のにっぱち生まれ。70代に入るにあたって、生活を変えようとレンタルガーデンを利用することにしたらしい。彼女自身も持病があって体力がなく、自由に旅行も出来ないので本人曰く心の緊急避難所がほしかったということだ。
初日に話して以来、毎日を一緒にしている。
高齢の母親は日中は施設に預けている。地元のデイサービスに母を預ける間、遥と一緒に庭作業。その後温泉に行く。レンタル前にログハウスをバリアフリーにしてほしいという要望が出してあったので、特に不便はないようだ。
4月から貸庭で茶会を再開するという話をしたら、「花茶作りをしたい」と提案してくれたのだった。

「まず、飲んでみませんか。わたしも作ったことはないんでけど、美味しくて面白くてもったいないから月に一度と決めているんです。」

みどりがそう言って淹れてくれたのは、中国の有名店の工芸茶だった。
花のお茶を飲むのが初めてだったせいだろうか。
ふわっと茶葉が開いて紅茶がが香り、橙色のキンセンカの花が現れる様子に遥は感動して見入ってしまった。
お茶の味もとても美味しい。果実町特産のフルーツフレーバーティーもかすんでしまいそうだ。
遥はすっかり魅了されて、「面白そうですね。検討してみます」と答えていた。
糸で茶葉を結んで作る工芸茶。マリーゴールドや千日紅、カーネーションなどよく園芸に使われている花がお茶になるというのがおもしろい。
無農薬で花を育てたら、食べられるエディブルフラワーになってサラダやお菓子、お茶に使えるのかと思うと、遥はレンタルガーデンをするにあたって、有機栽培の無農薬にしたいという3人の意見に反対した自分を思い出し、複雑な気持ちになった。現状は無農薬で進んでいるが、「峠道の貸庭」には3月に入る前から羽虫が大量に発生している。蜂も多く、群のヒヨドリやスズメなど小鳥の鳴き声がうるさく朝は寝ていられないほどだ。
静かと言えるのは、人間の声がしないからだ。

ブンブンピーピーと生き物の自然の音は里よりずっつうるさいくらいだった。
虫は平気らしいが、鳥の声は気になるとみどりも遥に漏らしていた。
みどりは根が正直らしく、話しやすいけれど人に言わなくていいことまで言ってしまう性質らしい。

「昔いけないことをして近所には居場所がないのよ。母が台湾に移住して死にたいって言ってね。まあ無理なんだけど、それなら田舎ならどうかって。一人身で何年も前に定年した身だもの。母と二人、知らない人のいる場所にきてみたかったの」

初日にいけないことと濁したのは、要は不倫したのだと翌日の昼食の時に遥に話してしまっていた。兄弟は生きている兄が二人。昔の不倫で心象が悪く、何を言っても反対される。もちろん、歳をとって田舎に移住するなんて反対されたが、レンタルガーデンで長期療養するくらいならとデイサービスの利用など親身になって提案してくれたようだ。
来て1日目の日に、「とても親切で居心地がいい」と話したら、桜の季節には行って花見しようとあっさり心変わりしたということだ。

ダム湖の一万本のソメイヨシノの開花は里より少し遅れる。花見客が増えるのは結構だが、茶会を3月4月は止めにしたのは早まっただろうかとみどりの何気ない話を聞くたびに遥の心は揺れた。

完璧に整った造園家の芸を尽くした庭をお目見えするよりも、何もない田舎の中途半端な春先の庭の方が想像の余地があって、都会の人の琴線に触れただろうか。

新しいことを始める前だからだろうか。
春先で体調を崩したのだろうか。
最近の遥は、妙な胸騒ぎを覚え、落ち着かなかった。

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