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本当に怖くない猫の話 ~ちょっと怖い猫又~

「怖い話って得意ですか?」
依頼人はブラックのコーヒーを飲みながら、何でも屋に聞いた。
依頼人はコーヒーに何もいれない。何でも屋は砂糖かミルクか、その両方を入れないとコーヒーを美味しく感じない。
客の自分のために、依頼人に毎回わざわざ砂糖やミルクを準備させるのを何でも屋は申し訳なく感じていた。
この広い屋敷に、最近は依頼人一人しか住んでいない。お手伝いは誰もない。
「特別怖がりってわけでもないと思いますが」
独身で子どももいなければ、おとなになってお化け屋敷に入った経験はない。自分が他人より怖がりか試す機会はおとなにはあまりないのだ。
「いえ、話し手としてという意味ですよ」
依頼人によると、親戚に慈善活動の一環として、夏休みの子どもたちのためのイベントに駆り出されることになり、困っているということだった。
そこで夏らしく怖い話のひとつでもしてやってくれと言われたらしい。
依頼人も独身で、子どもの扱いなど知らないし、かといってお話をする以外にすることも思いつかない。
ここはひとつ、言われた通りに怖い話でもしようと思っているのだが、どういう話が良いか分からないというのだ。
「私の代わりにお話をしてもらうのは、無理でしょうか」
「いや、それはご自分でなさった方が良いと思いますよ。それにしても怖い話ですかあ。どういうのが良いんでしょうね」
何でも屋があっさり断って、膝の両脇に侍らせている三毛のセミ猫と子猫のネコクロを撫でると、依頼人は恨めしそうに見やったものの、強いて代わりに子どもたちの世話をやってくれとは言って来なかった。
1度や2度依頼を断ったくらいで臍を曲げるには、二人の間には性別を超えた友情が深く根付きすぎている。
「怖い話と言ったら、妖怪くらいしか想像がつかないんですけど」
相手は小学校の低学年以下の子どもたちである。どこかの映画から借りてきたホラー話などよほどのホラー話は不向きだ。妖怪なら、漫画ではひょうきんなキャラクターもよく描かれており、怖さも減って親しみも湧きそうだ。
「妖怪か。妖怪と言ったら、猫又でしょうか」
「そうですね。猫なら良いかなとは思ってたんです。ちょっと今調べてみます」
依頼人が言って、向かい合わせのまま二人でスマホに視線を落とし、ネットで猫又について調べてみることしばし。二人はすぐに行き詰まった。
「猫又って、元は山間の妖怪のようですね」
「飼い猫もいるみたいですけど、人間に捨てられたとか虐待されたとなるとより悲惨ですね」
「しかも、猫又って人間を食べるんですね。妖怪だから、当然といえば、当然か」
妖怪による大量殺人。10歳未満の子どもたちに聞かせてよい話か迷うところだ。今のご時世では、子どもたちがそこそこ面白がってくれたとしても、「殺人事件の話を聞かせるなんて!」と保護者からクレームが来ることも予想される。
「現代よりの人の死なない教訓的な話にした方が良いでしょうね」
「教訓的な話って?」
何でも屋の提案を聞きながら、辛抱たまらなくなった依頼人はその膝からセミ猫を奪って抱き上げた。
猫の毛がふわりと舞って、コーヒーの中に毛が入らないよう、何でも屋はさっと二人分のカップを手で覆った。
「スマホ中毒の子どもって大人と同じように今は多いですよね?それに関連した話なんかどうかな?と思うんですけど?」
「スマホと猫ですか?どうやって関連付けるかが問題ですね」
依頼人も乗り気になり、二人で子どもたちに話す怖い話を考えているうちに、昼になって日が暮れた。

~スマホネコの怖い話~

ある少年が一日中家の中でスマホでゲームをしたり動画ばかり見ているので、両親が困り果てていた。
10歳の誕生日に買ってあげたもので、両親との約束通り、学校から帰ったらすぐに宿題を終わらせて、それ以外の時間はずっとスマホを見ているのだ。
「このままじゃ目が悪くなってしまう」
「それに、友達と遊ぶこともしなくなって、最近は声を聞くこともないよ」
「何か、あの子の変えるきっかけはないかしら」
「そうだ、ペットを飼ってあげたら良いんじゃないかな。動物を飼えばあの子も気が紛れて、スマホにばっかりかまけていないかもしれないよ」
両親は息子のスマホ時間を減らすため、ペットを飼うことを思いついた。
「犬か猫か飼いたいと思うんだけど、どっちがいい」
「どっちでもいい」
スマホ以外に興味を失った少年は、両親の提案をあまり喜びませんでした。それでも、両親はなんとか、息子に考える力を取り戻してほしいと思い、犬か猫かを選ばせることにしました。
「犬か猫か、選んでほしいんだ。家族だからね。実際に見に行ってもいいんだよ」
犬を飼うか猫を飼うか、選ぶために連れ出されることになると、スマホで遊ぶ時間が減ってしまうと少年は思いました。
「それなら、猫がいい」
猫なら、散歩もいらず、家の中で飼うのだから、自分の時間が奪われることはないだろう、と少年は思いまいた。両親は、犬を飼って活発になってほしいと思っていましたが、まず猫を飼って様子を見てから、犬も飼えば良いと思ったので、少年の言った通り、まず猫を飼うことにしました。
ちょうど良いことに、近所の野良猫が子猫を産んで、親切な人がその飼い主になってくれる人を探していました。
両親は、白い子猫をもらってきて、少年そっちのけで猫を可愛がりました。少年は猫を飼うと、猫の世話係になるのは自分だと思っていましたが、ご飯もブラッシングも両親が毎日世話をしているので、猫のために何かすることはありませんでした。
猫を飼ってから、両親が食事の席でも猫の話ばかり幸せそうにしていて、少年にスマホばかりいじるなと注意することもなくなりました。
猫が来てから、ますますスマホが自由に使えるようになって幸せなはずですが、少年はなんだかもやもやしていました。
いつも両親より先に少年が家に帰っていましたが、両親の代わりに猫にごはんをあげたり、遊んであげたりする気にはなれませんでした。
それでも、家の中に少年が一人でいると、猫は少年に付きまといます。
少年の宿題のドリルの上に乗って邪魔したり、トイレに行った隙にベッドの上のスマホの上に乗っかって、どうにか少年にかまってもらおうとしていました。
しかし、そのたびに少年は猫を冷たくあしらって、黙ってさっさとどかすだけでした。
ところが、ある時から、猫の邪魔がなくなりました。
その代わり、朝起きると猫が必ず少年のベッドのそばにお座りして待っているようになりました。暗闇の中で光猫の二つの目はなかなか不気味です。
少年は静かに座って待っている猫でさえ、なでてあげる気にはなれませんでした。
そして、ある晩のこと、少年は夢を見ました。夢の中で、一度も名前を呼んだことのない白猫が巨大化していました。しっぽは日本に増え、目は血走り、牙が鋭くなって怖い姿ををしていました。
そして、少年の部屋にあるものを次々と食べてしまっているのでした。
「ぼくのものを食べないで」
少年は言いました。しかし、猫は聞いてくれません。
「だって、君は何もいらないんだろう」
猫は少年が毎日使っているランドセルも机も食べてしまいました。そして、死んだおばあちゃんが少年のために買ってくれた思い出の筆箱まで飲み込んでしまいました。
「ひどいよ!どうして、ぼくの大切なものをみんな食べちゃうんだよ」
「君にとって大切なもの?それは君が今持っているスマホだけなんだろう?」
猫に言われて、少年はいつの間にか自分がスマホを手に持っていることに気がつきました。それはおかしいことではありません。少年は、学校に行っている時間以外は、いつもスマホを手に持っているのです。
大きくなった猫はポロポロと涙を流し始めました。
「君にとって大切なものはスマホだけ。ぼくは名前もよんでもらえない。消えてしまいたいほど悲しいよ。でも、名前のないぼくは消えることができないんだ。代わりに、君のスマホ以外のものを全部食べてしまうことにしたんだよ。ねえ、スマホ以外に大切じゃないなら、今度は君のお父さんおかあさんや妹を食べてしまってもいいかなあ」
「ダメだよ!」
少年は叫びました。どうして、猫が少年のものを食べてしまうのか、猫に説明されてもよく分かりませんでした。
そして、猫も分かりませんでした。
「どうして君が何も食べられたくないのか、分からないよ。だって、きみは、最近スマホ以外は何も使わないし、誰とも口もきかないじゃないか」
そう言うと、猫は大きくニャオンと一声悲しく鳴いて、消えてしまいました。
そして、少年が目を覚ますと、握りしめたスマホを上に猫が乗っていて、腕がしびれていました。
その日から、少年は、猫のごはんをすすんで自分からあげるようになり、家族と一緒に猫を可愛がるようになりました。

(了)

「ちょっと話がわざとらしくありませんかね」
「ひまつぶしなんですから、そんなに面白い話でなくても、いいんじゃないでしょうか」
何でも屋と依頼人は、自分たちが作った猫又の話の出来に疑問を持ったが、考えるのに疲れたので、それ以上お話を作り変えることを諦めた。

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