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お嬢様は最低人間 第1話 


※何の話も思いつかず行き当たりばったりなので、多分続きません。一話で終わります。

 人生に愛を求めた結果、愛を得られなかったのだから、最後はわがままに生きようではないか。一番欲しかったものは得られずに終わってしまうのだ。一番星を逃した代わりに、たくさんの星を集めよう。彼女は18歳になった時にそう決めたのだ。
 なぜならば、彼女は転生者であったから。彼女が転生した世界が、彼女が読んだことのある小説の世界だったから。そして、彼女は成人から一年後に殺されてしまう令嬢に生まれ変わってしまったから。

 ヒロインと悪役のどっちつかずの取り巻きになって、巻き添えになって死ぬのは嫌だ。それくらいならば、自分だってヒロインのように誰かに愛される人間になれるよう目指してみれば良いのではないか。少なくとも公爵令嬢と言う身分は、ヒロインと悪役令嬢の両方より上なのだ。10歳で前の人生の記憶を思い出したときにはそう考えた。

 けれども、あまりに恵まれすぎた公爵令嬢マリアンナ・キリングの日常を変えるには前世から彼女はあまりに平凡すぎた。

「マリー、さあ次の授業にいきましょう」
「アンナ、リボンが解けちゃってるわよ」
 いつもぼんやりしているマリアンナの世話を焼いてくれる2人の親友は、とてもしっかり者だ。ナコン王国ではそれほど高くない爵位の生まれの家柄の二人はあったが、幼い頃から、魔力に秀でその期待に応えるべく、努力して非常に学業優秀であったため、公爵令嬢のマリアンナに気さくに接しても許された。一方で、マリアンナが2人を拒絶してしまえば、その優秀さと爵位の低さから嫌がらせも受けかねない立場であったため、3人でいる事がそれぞれにとって、学院生活を安寧に過ごすことの手段でもあった。学院に入学した15歳の時にすぐに2人と知り合って、その過ごしやすさを知ってしまい、後から2人がヒロインと悪役であると気づいても、その環境を手放して孤立する事は、怠惰なマリアンナにはできかねた。

「ジーナは今日もおしゃれだね。その髪を結んでいるリボンの刺繍は自分でやったんでしょう?」
「そうなの。気に入ったなら、2人にも色違いのものをプレゼントしようかな。本当は2人のそれぞれの誕生日にあげるつもりだったんだけど、お揃いにしようと思いついたら夢中になっちゃって、もう完成はしてるんだよね」
 3人で東屋のテーブルを囲んでランチボックスを広げている中、マリアンナが声をかけるとジーナクリフは優しい微笑浮かべた。毎日会っていても、彼女が微笑んだ時の美しさは眩しいほどだ。実際に銀髪が陽光を受けて光っている。前世外見で人を判断してはいけないと道徳教育を受けた日本人であるマリアンナもジーナクリフの美しさには、日々心の中で称賛を贈らずにはいられない。
 それはリリアン対しても同様だ。

「それじゃあ、早くちょうだいよ。今月、誕生日のアンナはいいけど、私の誕生日なんて、まだ半年も先なのよ。そうしている間に、お揃いのリボンで、学院に登校する期間もほとんどなくて、卒業してバラバラになっちゃうじゃない」
 言葉の内容は寂しげだが、マリアンナと同様に、ジーナクリフのリボンを心から賞賛して、見つめる屈託のない笑顔がまぶしい。リリアンは3人の中で一番小柄ながら、いつも意見がはっきりとして堂々としている。2人に学院で、すぐに声をかけてくれた恩人でもある。中立を保つため、いつも利害関係を考えているなんてうそぶいているが、負けず嫌いで情に篤い性格だ。
「卒業なんて先のことを考えるのはやめようよ。私なんて結婚も就職も何にも決まってないんだよ。それより、卒業パーティーでリリーが何の歌を歌うのか、今から楽しみだなぁ。いつも恥ずかしがってあんまり歌ってくれないから」
「別に恥ずかしいって事はないの。でも練習中で、あんまりうまくないものを、2人に聞かれたくないから」
恥ずかしくないと言いながら、顔はしっかり赤くなっている。そんなリリアンのツンデレなところがマリアンナは大好きだ。ついからかいたくなってしまう。
「ええ?練習しないとうまくならないでしょ?」
 そう言ってマリアンナは最近親に強制的に連れて行かれて見た歌劇の一場面を思い出して、いい加減に鼻歌を始めた。そして制服の長いスカートのポケットから腕の半分ほどの長さの杖を取り出した。ジーナクリフの髪の水色のリボンがしゅるりとほどけ、風に舞った。ナコン王国は半島で、周囲を海に囲まれている。学院は海辺の切り立った崖に立っており、3人がいる。静かな中庭にも海風が吹いていた。
「それ1つじゃ足りないわ」
ジーナクリフが宙に呪文を描くと、3人の首下のリボンが解けて、宙に舞った。そして、音符の形に、姿を変えて踊りだした。
「仕方ないわね」
リリアンがため息をついて、1つ深呼吸をして歌い出した。初恋を知ったばかりの若い少女の胸の内が歌詞になっている。
とっても明るい歌だ。キリング公爵に連れられて、2人も見に行ったのでその歌を知っていた。マリアンナより2人は正確に歌詞を覚えていた。
 3人に合わせて、小鳥たちが歌いだす。
 ジーナクリフの魔法は手から紡がれ、リリアンは魔法を歌声に乗せる。凡庸な魔法技術のマリアンナは杖など媒介がなければ手ぶらでは魔法が使えないから、公爵家の権威で手に入れた上等な杖をいつもポケットに入れている。
 その杖をぶんぶん振ると、周囲に多くの動物たちが集まりだした。これは小鳥たちと違って、実際にはいない。動物たちだ。みんな踊りだす。マリアンナの唯一、得意な幻想魔法だ。

 3人はしばらく、自分たちの歌の世界に酔いしれていた。幻想魔法の中では、マリアンナは歌詞を間違えない。しかし、3人の夢の世界は、唐突に終わりを告げた。動物たちが一瞬でかき消えた。リリアンが歌うのをやめたのだ。侵入者が来たせいだ。
 踊っていた音符たちがリボンに戻って、ジーナクリフのお手製の髪のリボンが白い手に掴まれた。
「このリボンは、どちらの?」
リボンを拾った人物と、ジーナクリフの目があった。ジーナクリフは赤面した。目の前の人物が、普段口を聞くことも叶わないような高貴なお方だったからだ。
何と答えていたものか、わからないまま、目の前の人物が近づいてきた。さらさらと流れる美しい金髪。空のように透き通った、青い瞳。中性的な顔立ちとは対象的な見上げるほどの長身。まだ子供ながらに風格を漂わせているのは、育ちの良さもさることながら、膨大な魔力量を隠しきれずに外に滲み出しているからだろうか。
 ナコン王国の王室の長子、ジークフリートは完璧な王子様であった。
「落としたんだろう。受け取って」
「ジーナ、失礼よ。お受け取りなさいな」
目の前に王子に立たれたジーナクリフの隣で、リリアンが促した。リリアンもここまで間近に応じを見るのは初めてだったが、さすがに口も利けないほど緊張するという事はなかった。
 それでも、ジーナクリフがあまりにもじもじしているのでリリアンが仕方なく前に出ようとしたところで、突如強い風が吹いた。金と銀と黒髪が激しく靡き、視界を遮る。
「ギャーッ!!」
悲鳴が上がった。
 すぐに動いたのは、ジークフリート王子・・・の後ろに控えていた、全身真っ黒マントの青年だった。
 悲鳴がした方に走り寄って、崖下を覗き込んだ。
「助けて〜!」
崖に斜めに生えた松の木に乗っかっているマリアンナが叫ぶと、その青年、ジークフリート王子の従者であるホークは誰にも聞こえない程度に舌打ちした。
「めんどくさいな。自分で上がれないのか」
ボソリと呟くと、ギャーッとマリアンナがまた淑女らしくない悲鳴をあげた。それで仕方なく風魔法で崖を降りたホークはマリアンナを肩に担いで戻り、王子たちの前にどさりとずた袋に入った荷物のように落とした。
「ゲホッゲホっ」
咳き込んだマリアンナの顔は青ざめ、涙で化粧が落ちてぐしゃぐしゃになっていた。
「大丈夫、マリアンナ?どうしたの!?」
状況が飲み込めないリリアンがマリアンナに声をかけると、マリアンナはがばりと飛び起きて、ホークに縋りつき、声をあげて泣き出した。
「助けてくださってありがとう、ございます。リボンが落ちそうになっているのを取ろうとしたら、崖下に落ちましたの!ああ、あなたは、命の恩人ですわ!王子様、私と結婚してください!」
泣き叫んでいる割に口調がやけに説明的だ。
「俺、王子じゃないですけど?」
抱きつかれた拍子に被っていたローブのフードが外れた。長身の王子に比べると平均的な身長のホークは顔立ちは王子より彫りが深く、整っていた。ホークより美麗だったイラスト。なぜなら、彼は隠し攻略キャラであった。王子の従者で護衛で暗殺者。マリアンナを殺すのは彼だ。
 だから、マリアンナは必死だった。今を逃してなるものか。マリアンナが小説の中盤までで覚えているシーンは少ない。マリアンナの名前を覚えて転生できたのが奇跡だ。取り立てて熱心な読者でもなく、面白かったから数回読んだそれだけの人間をなぜその作品に転生させた?しかも、脇役。中盤で死んじゃう。理不尽でしょうが!
 崖下に落ちるシーンはなかった。マリアンナが勝手に作った。だって、自分の死を回避する方法を他に思いつかなかったから。
「いいえ、あなたは私を救ってくださった私の王子様ですわ。お礼をさせてください。さあ、結婚の挨拶に参りましょう!」
「え?イヤなんだけど」
ホークは王子に視線を送ったが、王子は展開についていけずポカンとしていた。というより、目の前の二人の美しい女生徒の方が気にかかっていたのだ。

 かくして、マリアンナは彼を引きずって無理矢理公爵家に連れ帰った。あまり身分に興味のないホークもまさか公爵令嬢を振り払うことは出来なかった。現在魔法学院にはマリアンナ以外に五大公爵家の子どもは通っていなかった。学院で王子の次に、身分が高いのがマリアンナだから、さすがにマリアンナの存在を知らない人間は、学院には少なかった。容姿も魔力も学力も平均的な人間が身分ばかり高くても悪目立ちだ。ましてや崖下に落ちてのぼれないほど魔法の使い方に長けていない彼女のことを初めて話した印象で、ホークがどんくさい女だと思ったことも無理もなかった。魔法使いとしては、天才の部類に入るホークはどちらかと言えば、周囲を見下しているタイプだった。

「というわけで、命を救っていただいたので、私はホーク様と結婚いたしますわ」
家に帰るなり、ホークを父が帰るまでと家令に命じて軟禁し、父が帰ったら無理矢理夕食に同席させて、マリアンナは食事の席でそう言い放った。

「というわけと言われてもね。私は目の前の彼がどこの誰だかも知らないわけだが」
いつもマリアンナに甘い父親は、困惑気味に2人を交互に見やった。マリアンナが物心つく前に、妻は命を落とした。それから再婚もしていない。自身の親たちも、早く他界して公爵家同士で婚姻を繰り返しているから、一心族の多くが公爵家が、それに連なる者達だが、どこも子供が生まれにくく、マリアンナと同じ年頃の親戚はいなかった。優秀な人材を大人になってから養子にする家が多かった。そういう家族縁に寂しい境遇だったから、一人娘を過保護に育てることになったのだ。幸いにして10歳で前世の記憶を思い出したマリアンナは、そんな甘えられる環境で、のんびりとお嬢様生活をして世間知らずでいてはいけないと思ったので、それなりに努力して、小説では学院に入るギリギリの成績と記述してあったところを、なんとか平均を保つまでに至っている。
「ホーク・マッケンジーと申します。宰相閣下」
多少無愛想ではあったが、ホークは丁寧に挨拶をした。
「マッケンジー伯爵のご次男かな?王子と学友の。非常に学業は優秀だと聞いているよ。うちの娘と仲良くしてくれていたんだね」
「はあ、、、いえ」
「お父様。私たちは今日までお話ししたこともありませんでしたのよ。それでも先ほど申しました通りに、命を救っていただいて、私は恋に落ちました。崖下に落ちた私を軽々と抱え上げてくださって」
「崖下?!」
ホークが何か言いそうになったのをマリアンナが無理矢理遮って、再び口を開くと、国の宰相として、いつも鷹揚とした公爵は今更驚いたように声を上げた。
「命を救う言われたと言っても、リアンはいつも大げさだから、誰かに少しいじめられたた程度かと思えば、崖下に突き落とされたのか!」
腹の底に力を込めて、父が見えざる敵を睨み据えたので、マリアンナは慌てて説明をした。
「いいえ、飛んでいったリボンをつかもうとして、うっかり崖下に落ちましたのよ。そこに偶然、通り掛かったホーク様に救っていただいたんです」
正確には偶然ではない。小説では、王子がヒロインのジーナクリフとはじめて出会うシーンとして描かれていた。そこに特にホークについての言及がなかったが、従者の彼ならついてきているだろうと確信していた。だからマリアンナは賭けに出たのだ。自分の命を救ってもらったという名分を設けて、自分を殺すはずの彼と結婚するのだ。命がかかっているのだから、マリアンナもギリギリの命をかけた。
 何事も努力だ。そのうえで、自分の地位を利用しよう。五大公爵家の中で、たった1人王家の嫡子らに近い年頃の令嬢だ。ぜひジークフリートでなくとも、王家の嫁にと望まれているらしく、物心つく前から王室には何度も顔出している。しかし、そこでジークフリートが特にマリアンナに興味を持った様子はなかった。学院に入ってから、一言も声をかけてもらったこともない。だから、ヒロインのジーナクリフを押しのけて、恋仲になろうという算段は学院に入学した時からなかった。
「なるほど。怪我1つなくて何よりだが、危ないようだったら、学院に無理に通うのはやめなさい。お前は前から粗忽が過ぎる。別にうちで家庭教師を雇ってもいい。お前の話し相手ならわが家にはいっぱいいるのだから」
 心から自分を案じてくれる父にマリアンナは胸がいっぱいになる。いくら人生で平凡な人生を送ったといっても、転生した世界で母を知らずに、育つのは多少の寂しさもあった。そんな中で惜しみなく、愛情を注いでくれる。父には心から感謝している。
 マリアンナの父のジルバ・キリング公爵は娘を王家に嫁がせるつもりがない。自らがあまりに王家に影響を及ぼすことを恐れていたからだ。ジルバは魔法より魔力がない人たちが、努力によって作り出した学問を重んじる人間だった。そのため、自らが魔力によって評価されることを嫌い、芸術の道に走り詩人になった。結局はその思想が評価されて、国務大臣を歴任して、宰相にまでなったのは本意ではない。娘にはもっと重責のない立場で人生を謳歌してほしいと思っていた。
「言ったでしょう。学院には友達もいるの。学院を卒業したらすぐに結婚しなければならないじゃない。でもホーク様なら、我が家にもお婿さん来てもらえるわ!」
「え?こわ。まさか、前から俺に目をつけてた?もしかして学院の悪評もあながち間違いじゃ」
「ホーク様、気がはやりすぎましたわ。これから学院を卒業してご出世なさる方です。私いつまでも待ちます。婚約期間など10年でも構いません。私も学園を卒業したら就職しようと思ってますの。もちろん、結婚してからの就職でも構いませんけれども」
「就職?お嬢様が?」
さすがにホークも困惑して、目の前のお嬢様をまじまじと見つめてしまった。見た目には楚々としたお嬢様だ。何より雰囲気に気品がにじみ出ている。派手な化粧を施していないが、学院の制服を脱げば家に帰って身に付けるドレスは本人の着こなしのセンスを感じさせる。一見すれば庶民風の特徴のないドレスだが襟元や袖口に細かな刺繍が入っている。ふんわりとした柔らかな上等な生地の黄色のドレスで、彼女の茶色いやさしい髪色によく似合っていた。ホークはこれまでマリアンナと話したことがなかった。悪評の割に、見た目にはふんわりしたお嬢様だなぁと印象をこれまで持っていた。間近で見ても、金銅色の瞳は優しげな光に満ちている。それでいて力強い。
 学院で優秀な成績を収めると貴族でも就職する人間は多い。けれども、彼女は公爵家には少なくなった貴重な直系のご令嬢だ。学業成績も平凡で、想像した事はなかったが、卒業すれば花嫁修行や社交活動やボランティア作業などにいそしみ、まさか、就職しようなどと考えるタイプには見えなかった。
「せっかく学院でいろんなことを教わったんですもの。魔法だって、私がそこまで優秀ではないとしても、誰もが持っている力では無いんですよ。それを生かして、医療活動や政治などに」
「リアン」
父に咎められ、マリアンナははっとして、口をつぐんだ。調子に乗って話しすぎてしまったようだ。今はまだ明かすべきではないことを明かしそうになってしまった。
「リアン。就職についての話は今度にしよう。無事に学院を卒業できてからの話だというのは前に言ったね。私はリアンのことを愛しているが、領主の座を譲るかは話が別だ。我が家には、優秀な養子たちがたくさんいる。どちらかと言えば、雇用関係に近いが、誰に公爵家を譲っても不足は無い。だから君に無理に婿をとらせる必要もないんだ。彼が優秀だと言うなら、養子として我が家に入ってもらってもいい」
「わかりましたわ。その話はまた今度にいたしましょう。でも、学院での私の評判は誤解ですわ。風紀委員長としてするべきことをしているまでです」
そう。リリアンの代わりに。
ジーナクリフと、もう1人、マリアンナの親友のリリアンは、名前の響きが似ていると言う事から声をかけてくれたとても気さくな伯爵令嬢である。公爵令嬢に対してもただ、普通の同級生のように語りかけてくれる。彼女は他の貴族や庶民に対しても同様だった。そしてとても正義感が強かった。
 物語の中では、リリアンが風紀委員長だった。3年生は就職や進学の勉強のために忙しいので、2年生がその役割を担うのだ。風紀委員等は、たいていは学園の嫌われ者だ。魔法学院の生徒たちは、勉強については真面目だが、自分たちの優秀さを端にかけているものも多く、必ずしも素行の良い学生ばかりとは言えなかった。それをバンバン取り締まる。場合によっては、魔法で行き過ぎた粛清まで行う。悪事や秘密の交際を暴露する。それによって、嫌われていたのがリリアンだ。中盤まではそこまでの悪役ではなかった。けれども、ヒロインと同じ様に王子に惹かれていったことから、関係がこじれてしまうのだ。腐っても公爵家のたった1人の令嬢だ。10歳で記憶を取り戻したときには、本気で攻略対象のお嫁さんを目指そうと思ったことがある。しかし、王子には相手にしてもらえないし、他の攻略対象も自分の凡庸さに興味を持ってもらえないことがわかった。
だから、ヒロインのようにはなれないなら、断罪される悪役を代わってあげようかと思ったのだ。幸いにして、マリアンナの公爵令嬢という身分は、伯爵令嬢のリリアンが何かするよりも、善行も悪行も宣伝力があった。それに、マリアンナなら王子様には惹かれない。本当に、子供の時から会っている遠い親戚のお兄さんのような感覚なのだ。仲良く遊んでもらった記憶もなければ、たとえ見た目が良くても魅力的には映らない。
 風紀委員長としての厳しい取り締まり。物語のリリアン以上に徹底的にやった。見た目がのんびりしているマリアンナに皆油断するらしい。悪気のない顔をして、退学事案は容赦なく学園に報告した。学院では、実は、男女が手をつなぐことすら許されないのだ。キスなんてもってのほか。それが婚約者と出会っても、不純異性交遊とみなされる。
 だから、付き合っている相手がいる学生たちには、特にマリアナは恐れられていた。その娘の評判を、父親の公爵も正しく知っていたから、いきなり結婚したいなどと言い出したのは青天の霹靂だったのだ。不器用で要領が悪くて、無駄に正義感の強い娘だ。命を救ってくれたから、その相手と結婚したいと言うのは、娘の性格としては理屈が通っているようだが、どこか釈然としないものもある。
 それは、ホークも同様だった。助けたなんていっても、自分はそんなに丁寧な扱いはしなかったし、ましてやほとんど会話もしていない。それでも惚れるほど、マリアンナは直情型には見えなかった。もしかして、優秀な男を婿にしようと前から目をつけて企んでいたのかと思ったが、父親が特に婿養子を望んでいないならますますわからない話だ。目の前のマリアンナの意図がどうにも掴めない。

「今日は夕食にご招待いただきましてありがとうございました。婚約の話とても驚きましたが、家に帰ってよく考えてみます」
夕食の席は、後半から父と娘の雰囲気がピリついて空気が悪くなった。それに耐えかねてホークは滅多にしない気を遣って、学院についての勉強のことなどを結構話した。伯爵家の次男。公爵家の令嬢の結婚相手としては身分として劣るかもしれないが、当の本人がそれでもいいと言ってくれるなら、ホークにとっては悪い話ではない。そういう打算も受け入れてくれる度量がなんとなくマリアンナにはある気がした。
「是非前向きに検討してみてください。申し上げました通り、私は王家など堅苦しい場所に嫁ぎたくはありません。私には優秀な友人がいますから、そのうちのどちらかが王太子のお嫁さんにふさわしいと思っていますわ」
そんな風に説明するマリアンナこそがいささか堅苦しい。そもそもがあまりにもお堅い風紀委員長だ。一方で、見た目には優しげで可憐な公爵令嬢。婚約期間が10年でも構わないと言いつつ、一目惚れしたとすぐさま家に連れ帰ってきた行動には矛盾がある。授業をサボったので、2人とも明日は補講を受けなければならないだろう。
 ただ1つ言える事は、一目惚れの話が真実にしろ、何か企みがあるにしろ、マリアンナが王子に嫁ぐ気がなく、友人たちを推薦したい気持ちには嘘は無いようだった。その点が信じられるならば、今の王子にべったりの立場を離れられるのは悪くはない。腕が立つからといって、学院に入学した当初から、オーケーに便利使いされることに嫌気がさしてもいた。公爵家という後ろ盾があれば、今の嫌な仕事からも逃れられる。
「王子が別に誰と恋愛しようが、俺は興味もありませんけどね。まぁ、お嬢様に興味がわいたんで、しばらくお付き合いお願いしますよ」
「ええ、必ずお嬢様ではなく、マリアンナ嬢とあなたに名前で呼ばせてみせますわ」
マリアンナが自信たっぷりに言い切るとホークは何とも言えない微かな笑みを浮かべた。
「楽しみにしてますよ」
別れ際、軽く握った二人の手は互いに熱かった。

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