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【夢で見た話】キャンプに行こう

ひまわりの花びらが落ちてきた頃の話だ
ひまわりの種が食べたいなって思ったよ。
明るくなってきてたね。
朝が来るのが早くなってたよ。
太陽がゆっくり沈んでいく。
それでそろそろいいかなと思った。
猫のくまを膝にのせて、お母さんが帰ってくるのを待った。
お父さんが先に帰ってきて、がっかりしたよ。
「お母さん、今年はキャンプに行かないの?」
お父さんがリビングでスマホをいじっている好きにお母さんに話しかける。
まずはお母さんにお伺いを立てなくっちゃ。
くまが足にすり寄って、台所に入りたそうにする。
今は忙しい。
台所にくまを入れちゃダメって絶対お母さんが怒るよ。
「お父さんがキャンプの準備をはじめたの?」
「いいや、まだだよ」
だから、お母さんに聞いてみてほしいんだ。
期待を込めて台所のカウンターから身を乗り出してお母さんを見つめたら、お母さんが、わかってくれた顔でふふふと笑った。
「お父さん、聞いた?」
「何を?」
夕食のときに、それとなくお父さんの顔色をうかがってみた。
お父さんがとぼけた顔をしたので、お母さんを見たら、大丈夫だって顔をした。
「そろそろキャンプの時期じゃない?」
勇気を出してお父さんに聞いてみた。
「ああ、そうだな。でも、今年はくまがいるじゃないか」
きっと乗り気になってくれると思ったお父さんが思いがけないことを言った。
「くまがいるとキャンプに行けないの?」
「くまはうちが好きなんだ。猫はお出かけに向かないんだよ」
お父さんの言葉にびっくりして、リビングのソファに寝っ転がってくまを見た。いつもあんなに家の中を走り回っているくまが外が苦手なんてがっかりだ。確かに家から出しちゃいけないっていうくらいだもん。すぐ迷子になって帰ってこなかったりするのかもしれない。
 せっかくキャンプして動画で見た火起こしをやってみたかったのに。もちろん、くまが来る前の生活の方がつまらなかったけれど、せっかく好きになれそうだったキャンプに行けないのもつまらない。
(くまを置いていけばいいじゃない)
一瞬口をつきそうになった言葉をぐっとごはんと一緒にのみ込んだ。今日はお惣菜が豪華だ。帰りが遅くなった分、スーパーで安く買えたんだとお母さんが喜んでた。こんなにおいしいのにどうして夕方になったら、安くなるのか疑問。お店の人は損しているよ。
 わたしも損した。きょねんまでみたいにキャンプに興味を持たずにいればよかったのに。お父さんが連れてってくれるって言ったら、はいはいって仕方なくつくあっていたきょねんの自分がうらめしい。行ったら、いつも楽しかったのに。
 マンション住まいで庭がないから、うちでは焚き火台を使えない。BBQができないんだ。
 しょんぼりして部屋に戻って、やけくそみたいにいつもの3倍勉強してベッドに入った。学校の宿題は言葉の意味調べまでやったよ。感じの書き取りは10回。塾のテキストは10ページも解いた。勉強するのは別にいいことすることにはならないってお母さんは言う。でもたくさん勉強すると、いい子になった気がするよね。いい子になったわたしに神様がくまと一緒にキャンプに行ける魔法をかけてくれたらいいのに。
 そう願いながら眠りについた。
 でも、お母さんの言う通り、勉強したくらいじゃいい子とは言えなくて、神様はすぐに願いを叶えてくれなかった。
「さあ、夏休みはお父さんと車の改造をしよう」
翌日から夏休みだった。お父さんは早起きしたわたしに車のそうじを手伝わせたんだ。信じられない。車のそうじなんてお父さんの仕事でしょ。でも、かき氷を買ってきてくれると言われてものにつられたわたしもいけないんだよね。その夏、お父さんは車の改造にはまってしまった。
 出かけるどころじゃなかった。
「ほら、こうやって、折り畳みのテーブルを取り付けたんだ」
一つ改造するたびに娘に自慢してくるお父さん。弟はまだ赤ちゃんだから、自慢する相手が私しかいないんだよ。うんざりしながら付き合ったのは、変わっていく車の様子を見るのが楽しかったからなんだ。お父さんはそれをYouTubeに投稿して、夏の間にお小遣いを稼いだみたい。私もたまにカメラマンになってあげた。
「このお小遣いで、そのうちに楽しいところに連れてってやるからな」
お父さんはそう言ったけれど、あてにしてなかった。だって、そのお小遣い夏休みが終わってからしか入らないらしいんだもん。くまも連れて行けないなら、心の底から楽しめないよ。キャンプってなんかこう、家族全員でいる感じがいいんじゃないかな。
 でも、お父さんは有言実行してくれた。夏休みが終わる5日前に私をキャンプに連れて行ってくれたんだ。
「お母さんは行かないの?」
「おかあさんは、お留守番だ」
お母さんと弟はお留守番。だけど、くまは連れて行っていいらしい。そういうことじゃなかったんだけどなと思いつつ、夕方から出かけるなんてなんだかわくわくしたから文句を言わずについていくことにしたよ。
 ついて行ってよかった。満点の星を見たんだ。流れ星も見た。虫がうっとうしかったけど、焚き火をするのは楽しかった。人生で一回くらいお父さんと二人の夜もいいね。ただ、やっぱりくまは外には出られなかった。その点は残念。くまは車の中でおとなしくしていた。病院通いでキャリーにも車にも慣れているんだよね。花火大会の日だったけど、河川敷とは反対方向にお父さんは車を向かわせた。ほとんど人のいないキャンプ場だった。優しそうなお姉さんとお兄さんが仲良さそうに二人でBBQしてた。二人とは離れた場所で、お父さんの子供の頃の話を聞いた。お父さんは泣き虫でいじめられっ子で運動ができなくて、よく風邪をひいていたって。いいところがなかったみたい。それでも、学校は行きたかったなんて変わってる。私はあと3年も小学校に通うなんてうんざりだ。早く中学生になりたい。お父さんは大人になってから勉強が本当に好きになったらしい。
 BBQのあと、お父さんと二人で車で寝た。くまもいるから、1匹と二人だ。
「お父さん、この車でお母さんとキャンプデートしたらいいよ。今度は私がお留守番してお守りしとく」
「そうだなあ。4人乗れないのが残念だな。大型免許持ってればな。いや、駐車場代が無駄だって叱られるか」
お父さんはせっかく提案してあげたのに、ぶつぶつ言いながら返事もろくにしないで寝てしまった。私は興奮してすぐには寝られなかった。仰向けでいると車の天井のガラスから星が見えた。眼鏡じゃなくて、視力がよかったらもっと星がきれいに見えたんだろうな。うとうとして、くまがおとうさんが用意してくれた箱のベッドでぐうぐう寝ているのを見ているうちに寝てしまった。

お父さんの手作りの車で出かけたことは日記に書いた。その日記どこにいったかな。たぶん、自分の部屋の机の引き出しのどこかに入っている。作文にはしなかった。なんとなく。
お父さんはせっかく改造した車を冬を待たずに元通りにしてしまった。やっぱり不便だからだって。でもYouTube投稿は楽しくなったみたいで、くまのことをよく撮ってる。よくと言っても、1週間に1回くらいかな。
お父さんって人生が楽しそうだなってあの二人と1匹のキャンプを思い出すたびに思う。将来は弁護士さんになりたいけど、なれなくってもお父さんみたいに楽しく人生を送りたい。

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