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続・本当に怖くない猫の話 part.6

猫と出会う旅は怖くない

「この世のすべての猫と出会いたいんです。その旅に同行してくれるパートナーを探しています」

目の前の男性は唐突にそう切り出した。何でも屋はじっくりと男性を上から下まで観察した。外資系の商社に勤める会社員らしく、スーツを慣れた感じで着こなし、シャツは皺ひとつない。
ん少しタレ目で人好きのする顔をしている。穏やかそうで、見た目だけなら平凡を好みそうだ。とても冒険家を志すようには見えないから、人間は見た目で判断がつかない。

「パートナーというと猫ですか?人間ですか?」

「それはどちらでもいいんです。一人旅に飽きちゃったんですよ」

「なるほど」

何でも屋は返答に困ったときには、とりあえず「なるほど」と言うことにしている。相手の言葉を否定しないが、理解もしていないという適当な相槌だ。別に驚いたり、呆れたり、感心したりして、心を動かされているわけではない。

男性の身上書を作成しながら、何でも屋はどう対応するかは相談所の所長に任せることに心の内で決めた。

ここ『ハッピープラス』は、猫と人間の結婚相談所である。基本的には人間の結婚相手探しの相談に乗るのであるが、基本的には猫嫌いはNGになっている。猫と人間のマッチングを頼まれた事は数度あったが、その場合は、何でも屋が結婚相談所の職員ではなく、副業の何でも屋として、いや本業の何でも屋として、都内の猫の保護団体やブリーダーを紹介していた。

「あなたは黒三毛タイプですね」
結婚相談所に登録するための書類の作成が終わり、何でも屋が手を止めたところで、会社員は唐突にそんなことを言った。

「は?」
いきなり、占いされてしまった何でも屋は、面食らって間抜けな声を出した。

「猫っていうのは、毛の柄によって性格が違いますよね。すべての種類の猫に僕が出会いたいのも、その性格の違いを確かめたいからなんです。例えば、一概に三毛猫といっても、パステル三毛や縞三毛などさらに区別されています。三毛猫は、穏やかで賢く、自立心が高い。一方で、あなたは猫にしては、常に好奇心を刺激されることを求めてない部分があり、そこが黒三毛タイプってことです」

「なるほど。僕は黒三毛ですか」
何でも屋は適当に相槌を打った。驚いただけでもあきれたわけでも感心したわけでもない。ただなんと言っていいか困った。すると、タイミングよく、仕事の切れ目を察した看板猫のセミ猫が何でも屋の膝の上に乗った。

「やはりあなたは三毛猫タイプですね」
会社員は、我が意をを得たりとばかりに声を出して笑った。何でも屋も愛想笑いを浮かべたが、何が面白いのかわからなかった。別段三毛猫に好かれるからといって、その人間の性格が、三毛猫みたいだとは言えないと思った。大体「猫にしては」などと言われたが、何でも屋は人間であって、猫ではない。三毛猫だって、三毛猫同士でつるむわけでもないだろう。

会社員は非常に熱心で、これからのスケジュールなどを聞いてきた。旅に出るなら仕事を辞めなければいけない。また、1日でも早く旅に出るために、パートナーを得たいようだった。

「どうしたらよいでしょうか。人間と猫とどちらを紹介するべきですか?」

「いつもの通りで良いわよ。マッチングしてお見合いしてもらって、猫を飼いたいとお考えなら、保護団体やブリーダーを紹介してあげればいいんじゃないかしら?」

何でも屋が所長に相談すると、明確な返事をされた。

「確かに、ここは出会いを作って応援する場所だけれど、私たちは旅の案内人では無いからね。ツアーに出かける旅行客同士の相性を考えて、ツアー客を受け入れたり、断ったりする人もいないと思うしね」

「なるほど。おっしゃる通りですね」
いつもの適当な相槌ではなく、心から納得して、なんでも屋は頷いた。

果たして、会社員の男は、何度目かのお見合いをした。相手とすぐに結婚した。しかし、仕事は辞めずに、週末に配偶者と猫探しの旅を始め、それを動画で配信した。それなりに人気を博したが、結局全種類猫を制覇するのその動画チャンネルは一年ほどで終わってしまった。さらに本州だけの旅でもあった。

毛色の違う猫と1000種類出会って、猫の写真集を出した。その写真集を持って、結婚相談所に挨拶に来てくれたが、その時にはもう会社員は猫占いに飽きていたようだ。
何でも屋以外の職員を猫にたとえることもなく、猫はもう飼っている3匹で手一杯だと言った。一生分猫に出会い尽くしたそうである。

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