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我が家の庭の風景 part.6

一睡もできなかった。

やっと眠りかけたところで朝が来て、猫が朝ごはんをくださいと枕元にやってきた。引っ掻いたり乱暴なことはしていないが、ふんふんとあいさつ代わりに鼻息を吹きかけてきてうるさい。仕方がないから素足のまま冷たい台所の床を通り抜けてリビングでご飯をあげて、もう一度寝ようと再び布団の中に戻った。

しかし、眠れなくて、日が高くなると待ちくたびれた猫ににゃおーんと遠吠えみたいな声で呼ばれた。もうそろそろ撫でてほしい、できれば一緒に遊んでご飯を食べたいというのである。

猫は一度撫でてやるといつまでもとしつこいので、適当なところで切り上げて自分のご飯の前に洗濯物を干しに庭に出た。

洗濯籠を玄関先に置いてふと庭に目を転じると小梅の木が目に入った。

亡くなった祖母が好きな句がある。

梅一輪一輪ほどの暖かさ  服部嵐雪

春が来るたびに亡くなった祖母が好きだったこの句を母に聞かされた。子どもの頃は玄関隣りに枝垂れ梅の木があって、庭の風景と一緒にその句を味わっていた。母屋の改築の時に植えなおして枝垂れ梅はなくなってしまった。

ただ、かつての池の砂場のそばに小梅の木は残っている。あいにくと花が蕾むにはまだ早く、家人の手が行き届かぬまま枯れた烏瓜のだいだい色の実が蔦とともに絡みついている。

玄関口の仏間の前の縁側の花壇の隣の木瓜はつぼんでいた。朝方にできた霜柱も溶けていくような良い天気である。白雲ににじんだ淡い空の青が川辺の水源の水の色を思わせる。

一羽来て巣籠の如き木瓜の枝

鮎帰峰せんきほう白く冠して木瓜ぼけつぼ

俳人の境地は分からないが、庭で洗濯物を干すうちに自分でも心の中で句を作っていた。句の作法はいつまで経っても分からない。生まれ育った地元の山もどれが何という名だかちっとも覚えられない。最近は地元で有名な川魚の鮎の名を勝手につけて句を詠む練習をしている。ほんの時たま。

先日は今年初めての雪が降って、ひざ掛けに猫をくるんで朝早くから庭に出たが懐の猫は期待したように空から落ちてくる雪にはじゃれつかず、がっかりしてすぐに家の中に戻った。猫はこんな寒い中濡れるのになぜ外に連れ出されたのだろうと不思議そうにこちらの顔を見上げるばかりだった。

冬はそこそこに寒いが、あまり雪は降らない南九州の山間地である。山が真っ白になることはなくて、遠くから山頂が白い山が見えるとそれはひと際高い山だからきっとこれこれ山かそれそれ岳だろうとあたりをつける。方向音痴でどっちの方向のどの山か分からないのだ。

「あの山白くなっているからこれこれ山かな」

という会話を子どもの頃から毎年のように母と続けている。

天気がよくて、庭の緑が光っていた。誘われるように、花壇からセロリとブロッコリーを摘んだ。芯のところの芽を早めに採らないと、分け芽が出てこないと近所の人に母が聞いた。しかし、うちのブロッコリーは分け芽がたくさん先に出て、なかなか真ん中が大きくならなかった。

冬採れの野菜は虫がつかなくてよい。1日水にさらさなくても水で洗い流して食べられる。さすがのモンシロチョウも12月に入って、最低気温が0度を下回るようになると庭からいなくなった。それも少しの期間のことで、2月も過ぎればすぐまた現れるだろう。

小さめのブロッコリーをさらに少しだけ茹でました

インスタントスープで味付けしてパスタを作ろうと思ったが、ブロッコリーとセロリの味付けは塩気だけで十分な気がして、オリーブオイルで炒めてお歳暮の残りの鮭フレークを和えるだけにした。

オリーブオイルのソースがもったいないので、2日前にホームベーカリーで焼いた自家製の食パンもグリルで温めた。パンをソースにディップして食べるのである。

セロリの葉の上に柚子明太子をのせました!

私より当たり前に先に起きていた母も呼んでとても遅い朝食を摂った。猫が来て自分もおやつが欲しいとか遊べとかトイレ掃除しろとか朝食をいざ始めてから要求するので、邪魔くさかった。こちらが食事を終える頃にはもう遊ぶ気もなくして大抵机の下で丸くなっている。遅く起きると猫が要求がたまりがちになって慌てるから早起きは得というに違いない。

嚥下障害のある母用に買い置きしていたパティもテーブルに置いた。それもディップして食べるつもりだったが、案外固まっていたので、パンに塗って食べさせた。

パティとオリーブオイルとちょっと油が多い気がしたので、それをすっきりさせる飲み物はないだろうかとテーブルにあれこれと並べた。白ワインの小瓶はもちろん飾りである。私も母も酒はほとんど飲まない。ただ、たまにちょっと一口は飲みたくなることがあるので、ラベルが可愛らしく小さい瓶だからと買ってみた。

寅年の年女です

インスタントコーヒーと手作りのジンジャーティーとダージリンとセイロンのティーパックと懸賞であたった緑茶といろいろと見比べて、一番さっぱりするのは緑茶じゃないかという結論に落ち着いてそれにした。

眠れなかったので、かえって頭をすっきり覚醒させたかった。

普段緑黄色野菜をあまり摂れない私には眩しいような緑の朝食、いや、ブランチである。

食パンは甜菜糖で焼いたが、好みとしてはきび糖が一番今家にあるグラスフェッドバターと合って高級な味がするようだ。

ただ甘味が少ないので、緑茶とは合う。パスタ麺は母が食べられる柔らかい細麺でつるつると食が進み、パンをそのソースにディップして食べるのも格別に美味しかった。

ブロッコリーはパスタ麺と一緒にゆでて手のかからない食事であったが、久しぶりに充実した満たされる食事だった。

春になればまた、庭でいろいろな野菜が採れるはずである。青虫との勝負できれば。

庭仕事を見守るセミ猫です


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