信じるきもち

不登校になって1年以上の娘。

行けたり、行けなかったり、行かなかったりだから、完璧な不登校でもないけれど。

まわりのママたちは、時に涙を流すほど娘を心配し、私のことも気にかけてくれている。

でも私が彼女のことを想うとき。あれ?そんなに深刻になれないな…って。一年経って、他人事のように感じることがある。


「あなたなら勉強はすぐ追いつく。

あなたなら友達もいつでもできるよ。

いま学校行けなくても、行かなくても、大丈夫。」

この1年間半でたくさん娘とぶつかり、感情を殺してひたすら受け止め、どうしようもなく虚しくなったりもしたけれど。

いま、私がツラいきもちにならないのは、

【100%信じられているから】

だと分かった。
この気持ちに嘘があったら、不安でモヤモヤしちゃうんだろうな。

誰かを信じることの難しさに、娘は心を痛めている。小さな、小さなことにも、敏感に感じ、たくさんの感情を抱いている。

私にもようやく分かった『信じるということ』を、どうやって伝えていこうか。

けどそれもね、全然深刻じゃなく考えていたりする。

寧ろ、楽しんでるところもある。

なんとかなる、で生きてる私。

それは、なんとかする、でもあるんだけど。

一緒に俯瞰的に見ながら、そういうことも感じていってくれたらいいな、と思っています。

5年後、10年後に振り返った時、一緒に笑えたらいいな。