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フィレンツェの空 8/5/2021

その日は朝から、変な日だった。

朝一、携帯をふと見ると、一つのメッセージが携帯電話会社から届いていた。

「課金していただき、ありがとうございます…云々」

イタリアの携帯は、そのほとんどがプリペイド式で、足りなくなると随時、ricaricaと言って、料金を追加していく方式である。
ricaricaは、提携している携帯会社の窓口やタバッキと言われるタバコ屋さんで普通に出来るが、最近は、インターネットでも気軽に出来るようになっていて、私はいつも、ネットから、その時の残金を確認して、少しずつ入れるようにしている。

もうそろそろ、課金しなくちゃな…

そうは思っていたが、まだもう少し先でもいいか…そんなふうに思いながら、毎日が過ぎていた。
そんな矢先の課金のお知らせ。
全く、身に覚えはない。
何かの間違いだろう…、そう思って、アプリで確認してみたけれど、やっぱり、お金が増えている。
ラッキー!!と思えれば良いのだけれど、なんだか気持ち悪かった。

お昼が過ぎ、たまたま友人に会ったので聞いてみた。
「私の携帯にricaricaしてくれた???」
突然の変な質問に、ビックリしたのは友人だったかもしれない。
「はあ?なんで?」
ことの経緯を話すと、「誰かが間違えたんだよきっと。ラッキーじゃない。」
イタリア人は、いつもポジティブだ。

午後の3時が過ぎる頃、一本の電話が鳴った。

知らない番号だった。
ここのところ電話での詐欺も増えてるし、知らない番号には出ないことにしているのだけれど、その時、なぜか電話をとった私だった。
「もしもし?」
相手先は、ご老人のような声だった。
「あの、早朝、間違って、あなたの番号に課金してしまいました。出来れば、今かけているこの番号に、同じ金額を課金してはもらえませんか?もう手持ちのお金があまり残っていないもので…」
「分かりました。今日中になんとかしますね。」
私はそう答えて、電話を切った。

その電話を、その時は不思議には思わず、私はタバッキに向かった。

「すみません、この番号にricaricaしたいのですが…」
「どこの携帯会社ですか?」
「TIMです。」

携帯会社に疑いはなかった。
私の番号と間違えたのだから、同じ携帯会社であると当然のように思っていた。

「TIMじゃないみたいだよ、この番号」
タバッキのオッさんが、そう教えてくれた。

詐欺かも…
そう思ったら、少し怖くなった。

「これって、新種の詐欺ですかね?」
タバッキのオッさんに聞いてみたところで、分かることではないけれど、オッさんは普通に答えた。
「さあね、知らない…」

そりゃ、そうだ。知る訳がない。
私も知らない。
とりあえず、タバッキからは出ることにした。

迷ったけれど、さっきの番号にかけてみることにした。
もう自分の番号はバレているわけだし。

「もしもし、あのぅ、先程電話を受け取った者です。」

そういえば、さっきの電話で、自己紹介もしてないことに気づいた。
相手が何さんかも知らないし、どこの人かも知らない。
そしてそれは、相手もまた同じだった。

「先程、課金しようとタバッキに行ったのですが、携帯会社TIMではないんですね?提携している携帯会社を教えてくれませんか?」

「KENA」

相手はひとこと、そう言った。
聞いたこともない、携帯会社だった。

「KENAだよ、KENA」

そう、何度か繰り返した。

やっぱり、詐欺かしら…

ついでだったので、思い切って聞いてみた。

「あの、今かけているこの番号と私の携帯番号、携帯会社も違うし、似ても似つかないんですが、どうして間違えたのですか?」

「いや、ricaricaしようと思ってたもう一つの番号、ひと数字違いなんだよ。だから間違えて入れてしまったんだ。ところで、シニョーラはどこからおかけなんですか?」

「フィレンツェです。シニョーレは?」

「パレルモです。それではとにかく、よろしくお願いします。」

私はタバッキに向かった。先程とは違うタバッキに。
向かいながら、KENAという会社が存在するかを携帯で確認してみた。
詐欺の疑いは晴れているわけではなかった。

KENA、KENA…

あった。確かにある名前だった。
TIMの子会社、KENA。
聞いたこともない、携帯会社。
果たして、タバッキで課金できるのか、不安に思いつつ、それでも知らない人の為にクレジットカードは使いたくない。

辿り着いたタバッキで、KENAという会社の電話番号に課金したい旨を聞くと、あっさり出来た。

ふぅ。
ひとつ大きな仕事をしたような気分になる。

再び、見知らぬパレルモのシニョーレに電話をする。

「もしもし?あ、先程のフィレンツェの者です。今、ricaricaしました。確認してみてください。」

「ありがとう。問題があったら、連絡します。問題がなければ、この電話が最後です。問題なかったと思ってください。どうもありがとう。今日も良い一日を!」

それ以降、私の電話が鳴る事はなかった。
詐欺の疑いは晴れ、狐につままれたような感覚。

長い長い一日を、その日過ごしたのであった。

五月晴れ。
ツバメの飛び交う季節の到来だ。

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