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第6章 命日 ⑥「勲さんと講話と私」
長崎に戻りながら、勲さんがお亡くなりになった日を思い出していた。
仕事中に訃報が届き、人目につかないところへ行って泣きじゃくったこと。ご葬儀では勲さんが亡くなったつらい現実に向き合わなければならなかったこと。原稿づくりにはひときわ苦労したこと。
勲さんがご存命ならどれほど良いだろう、もう一度お話したいと、原稿を書きながら何度も何度も涙が溢れたこと。
一連の記憶が走馬灯のように駆け巡ってきた。
講話デビューしたらそれがゴールではない。ここからがスタートとなる。
私は、今の自分にできるベストな講話を常に作っているつもりだ。そして、その時点で一番良いという自信を持って人前に立っている。
***
様々な学校で話をするなかで「この部分はもう少し簡潔に言えるから、文章を変えよう」とか「小学生向けは世界の核兵器数をクイズ形式にしてみよう」など、いろんなアイデアがわいてくる。それを少しずつ形にし、変化させながら講話をしている。
しかし本当は不安なのだ。なぜなら、勲さんは私の講話を見ることなくこの世を去り、そして私は勲さんの講話を聴いていないからだ。
もし勲さんが私の講話を聴いてくださったら「田平に託してよかった」と安心してもらえるような講話をするように心がけているが、果たして自分の講話が、本当に勲さんから見て合格に値するものなのか、わからない。
―永遠に、わからない。
しかし実はその不安が、聴衆と勲さんの立場になって講話をするための力になってくれていると前向きに考えている。
自信と不安、そのバランスが取れていることが一番いいのかもしれない。
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