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歌のシェフのおいしいお話(14)ペレアスとメリザンド その4

数回にわたってドビュッシーのオペラ《ペレアスとメリザンド》、特に第一幕第二場を取り上げています(訳は前回の記事をご覧ください)。
単に手紙を読むだけの場面のようですが、いろいろな情報が満載。

まずは、このロイヤルファミリーの複雑な関係の一端がすこーし、明らかになります。

手紙の中で、ゴローとペレアスは兄弟は兄弟でも、父親が違うと述べられています。
ジュヌヴィエーヴはこの城の出身ではない(約40年前に嫁いできた)と次の場面で言われているので、彼女がアルケルの娘というわけではないということがわかります。
つまり、既に亡くなった(あるいは蒸発した?とにかくオペラの中に全然出てこない)ジュヌヴィエーヴの一人目の夫が、老王アルケルの息子(※オペラには書かれていないけれど実はそうではないという新説を耳にしたのでこの記事の最後に追記してあります)。アルケルとジュヌヴィエーヴは、義父と嫁の関係ということになります。そしてジュヌヴィエーヴと、この最初の夫との間に生まれた息子がゴローです。
ということで、初対面からメリザンドに白髪を指摘されているゴローですが、ジュヌヴィエーヴが嫁いできた時期と合わせて考えて、30代後半くらいと思われます。

一人目の夫がいなくなった後、既にゴローが生まれていたこともあり、ジュヌヴィエーヴは実家に帰ることもなくこのアルモンドの城に留まり、他の男性と再婚します。彼との間に生まれたのがペレアスです。この二番目の夫が何者なのかはよくわかりません。アルケルの他の息子と再婚したのか(昔はそういうのあったらしいですよね、超身近なところでも、うちの祖母の長兄は戦争で亡くなったので、残されたお嫁さんは次兄と再婚しています。19世紀なら、というか舞台となっているのはもっと昔っぽいからなおさら、そういう話はざらにあったのでは)、あるいは関係ない人を婿に迎えたのかはわかりません。アルケルがペレアスの父親に言及するとき、名前を呼ばずに「ペレアスの父親」と他人のように呼ぶことが複数回あることから、婿説の方が説得力がある気がしますが、もともとこの王家の人ではないジュヌヴィエーヴがこの城に留まってさらに関係ない婿を迎えるというのは、婿にしてみれば肩身が狭いだろうなぁと思います。ともかく、このジュヌヴィエーヴの二人目の夫、ペレアスの父は重い病気で臥せっています(後半で恢復するが登場せず)。

さらに、ジュヌヴィエーヴとアルケルの会話から、ゴローにはかつて妻がいたが既に亡くなってしまっているということがわかります。彼女との間に生まれた息子がイニョルド。この最初の妻がなぜ亡くなったのかは全くの謎ですが、ゴローが後妻であるメリザンドのことを半ば死に追いやっていることから、先妻との間にも何かしらのトラブルがあってそれが彼女を死なせることになったのではないか、と疑ってみることもできます。

さらに、この宮廷内の力関係としては、ものごとの判断に関しては老王アルケルが絶対的な権力を持っているが、具体的なオーガナイズに関してはジュヌヴィエーヴもそれなりに強い影響力を持っていることがわかります。

このへんで頭がこんがらかってきた方もいるかもしれないので、拙くて恐縮ですが人物相関図を作ってみました。白丸は故人です。写真は特に意味はありません、名前が長くて丸の中に収まりきらなかっただけです(笑)

《ペレアスとメリザンド》人物相関図-page-001

というわけで、まだまだ続きます!

※追記
オーディションのために一緒にこのシーンを準備していたフランス人のメゾソプラノが、「『ジュヌヴィエーヴは子供(ゴロー)を連れて彷徨っていたところをアルケルに保護され、アルケルの息子の嫁として迎えられた。その前に彼女に何があったか、ゴローの父が誰であるのかは不明』というくだりが原作にあると書いてある解説書を見た」と言っていて、非常に衝撃を受けました。
その解説書を私自身はまだ見ていないのですが、事実だとしたら、ジュヌヴィエーヴがメリザンドに温かい態度を示す理由がよりすっきりとわかります。メリザンドの中に昔の自分を見出しているのです。また、ジュヌヴィエーヴの二人目の夫が重病で臥せっていて城が陰気になっていることも、ジュヌヴィエーヴのもたらした因縁として解釈できるようになり、周りの男を不幸にする女の系譜(ジュヌヴィエーヴ→メリザンド→メリザンドの娘)が明確になります。ジュヌヴィエーヴ役の解釈に奥行きを与える重要な情報です。
ただし他にどこを見てもそう言っている人はいないし、オーディションの際に会った演出家の先生たちも「ジュヌヴィエーヴの最初の夫がアルケルの息子」という解釈でしたし、フランスの主要オペラハウスでの上演の際の解説を読んでも同じ解釈でした。そんなに大事な情報、事実ならばもっとみんなが言及していてもよさそうなものですが…
この新情報のウラがとれたらまた追記しますが、とりあえず今の時点では、オペラに書かれていることから推測できる範囲の伝統的な解釈をもとに記事を書き進めて行きます。

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