見出し画像

「第七話」田中さんにお金を貸したの巻

エピソード4(ニューヨーク・短期大学時代)第七話

ニューヨークには様々な事情を抱えた日本人が住んでいる。田中さんもその一人だったと思う。田中さんが他のルームメイトと話すのをあまり見たことがない。人見知りするタイプではないが、凄いフレンドリーという訳ではない。でも私がキッチンで何か作っていると必ずと言っていいほど自分の部屋から出てきて、私が何を作っているのか聞いてきた。いつも嬉しそうだった。彼の職業柄人の作っている料理が気になるのか、それとも単純に私と話したかったのか分からないが、私も面倒くさそうな素振りもしないので、いつも話は長くなった。

彼は60代半ばの男性だった。長年シェフとして働いていた日本料理屋が潰れたことで無職になり、休職中との事だった。年齢もあってどこも雇ってくれないという。彼の部屋から四六時中、名探偵コナンと劇的ビフォーアフターのテレビ音が薄い壁越しに伝わってきた。「なんということでしょう〜」

日本にはもう30年以上帰っていないと言っていた。いや、帰るところがないと言っていた。一体何があったのか。ニューヨークで4畳の地下部屋に住んで、名探偵コナンと劇的ビフォーアフターを一日中見ている位だったら、日本に帰った方が良いのではないかと思った。私は彼がどうしてNYCに渡ったか、どうして日本に帰らないのか、詳しいことは一切聞かなかったし、聞けなかった。

田中さんはとても優しかった。丁度私が自分の息子のような年齢だったからだろうか。私のためにグラタンやチャーハンを作っては冷蔵庫に入れて、好きな時にチンして食べてねと言ってくれた。さすが元シェフだけあって美味しい。お金がなく毎日セブンイレブンのホットドッグと学校前のハラルフードで空腹をしのいでいた私には一時の幸せだった。田中さんは安い食材が手に入るスーパーマーケットを教えてくれたりした。「昨日はこのハムを2ドルでマンハッタンの何番通りの〇〇で手に入れた。賞味期限が近いけど、どうせハムは加工食品なんだから数日過ぎても大丈夫だよ。」というような具合に。

1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と時は過ぎ、田中さんが就活をしているという事実を次第に忘れていった。いつ何時、家に帰ってもほとんど言っていいほど、田中さんの部屋から劇的ビフォーアフターと名探偵コナンのテレビ音が聞こえるので、私の中で、田中さん = ニートのイメージが定着した。

地下部屋に住み始めて 4ヶ月頃した頃に、いつも温厚な田中さんが、とても機嫌を悪くされたことがある。冷蔵庫内の私の使っているスペースが汚いというのだ。後にルームメイトだったカナコさんの野菜だと分かった。彼女が引っ越す時に私のスペースに置いて、捨てるのを忘れたのだろう。私は誰の野菜だか分からなく放置していたが、田中さんは私が腐った食材を放置していたのだと勘違いし、どうして捨てないんだと問い詰めてきた。明らかに苛立っているのは伝わってきた。いつも温厚な田中さんだったので珍しかった。

それから数週間した頃だろうか。誰かが私の部屋をノックする。地下部屋の住人はみなお互いに距離をとって暮らしていたので、誰かが他人の部屋をノックするという事はめったに無かった。エロビデオを見ていなくて良かった。私は少し驚いて、直ぐにドアを開けた。

ドアを開けると、田中さんが半分涙目になって立っている。一体どうしたと言うのだろうか。

「あのさー、今仕事を必死になって探しているんだけど、仕事が中々見つからなくて。王ちゃんに家賃が払えないなら出ていけと言われていて・・・少しお金を貸してくれないかな?」

王ちゃんとは、大家さんの下で働く中国人の女の子で、週に一度、掃除やトイレットペーパーの補充、家賃を取りに地下部屋に訪れていた。それにしても、田中さんは地下部屋にもう何年も住んでいるのに、家賃が払えなくなったその月に追い出されるのか。なんとも非情なものである。全ては一本の糸で繋がった。ここ数週間田中さんに余裕がなくなって、イライラしているように見えたのも、色々と精神的に追い込まれていたのだと分かった。

しかし一体いくら貸してほしいんだろう?30万?40万?私だってお金ないよ〜 (´;ω;`)

田中さんは1ヶ月分の家賃475ドルを貸してほしいと言ってきた。自分の部屋に来月の家賃分、銀行からおろしたお金が丁度あったので、その場で渡した。田中さんは、契約書のような物を手書きで作っていた。返済する際は20%利子をつけて返すと書いてあったが、それは受け取れないと言って、契約書は貰わなかった。

「ありがとう!ありがとう!すぐ返すからね。」
田中さんは、感極まったのか、大粒の涙を浮かべていた。涙顔を見られたくなかったのか、田中さんは直ぐに自分の部屋に戻っていった。

その後、田中さんはちゃんと475ドル返してくれた。

ニューヨーク、人生エロエロ、男もエロエロ、女だってエロエロ 咲き乱れるのである。(By 天童よしみ)

【続】

写真:ニューヨークに最初に住んでいた部屋の壁である。換気のためか子のうように壁に木格子があり、廊下の音が良く聞こえた。

小学生みたいな拙い日記を書くが、本業はジャズピアニストである。
SNSも頑張っているので、是非チェックしてほしい(๑´ڡ`๑) 

Youtube - Yuki Senpai
Instagram - futamiyuki
Twitter - 天才ピアニストゆうこりん 

サポートに頂いたお金は、令和の文豪二見勇気氏が執筆の際に注文するドリンク代、3時のおやつにマルエツで買うお菓子代に充てたいと思います。その金額を超過した場合、全てを音楽活動費に充てます。もしよろしければお願いします。(๑´ڡ`๑) ご支援ありがとうございます(´;ω;`)!!