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キャンバスの歪みと木の生命力

展示中、知らぬ間に絵が歪んでいった。紙に大きくシワが寄り、背を丸めてちぢこまるようになっていった。理由はおそらく、絵の土台にしている木材、50年越えの古民家から出た廃材だ。50年越えの木材でさえ、自らの在りように戻ろうとしているのだろうか。

この歪んだ絵を展示している企画は、アーティスト・イン・レジデンスというANA企画の地方滞在型のアートプロジェクト。わたしは長野県塩尻市という豊かな山と川に恵まれた地域に滞在させてもらい、そこで古民家から出た廃棄予定の床材をいただき、制作に使うことができたのだ。エシカルにクリエイティブがしたい。と思いはじめてから、絵の具の成分やら環境への影響などを色々と調べながら、もうすこし自然に寄り添った創作方法がしたいと考えていた。その気持ちが高まっていたとき、運良く参加できたのがこの長野県塩尻市でのアートプロジェクトだった。

この滞在制作で自分が設けたテーマは、ものが形づくられ分解されるまでの間に介入し、副産物としてのアートに取組むことブドウで絵を描くに続き、廃材を絵の土台として使ったプロセスと「絵が歪んだ」という結果を記録しておこう。

自由研究 エシカルにクリエイティブでは、自分なりに疑問に思った過程や調べてみて現時点でわかったことをシェアします。わたしが得ていた情報が古かったり、誤認がある場合はコメントをいただけるととても有難いです。 
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古民家の廃材をキャンバスにする

長野県塩尻市の中でもわたしが主に滞在していたのは木曽平沢という山間の地域だ。朝目覚めれば窓から山を見上げる。集落の中心に流れる水は清く、いつまでも川べりを歩いていたくなる、そんな町だった。地域おこし協力隊の方づたいで建築関係の方につながり、廃材が(わたしにとってはお宝が)溢れる50年越えの古民家に行くことができた。

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上の写真は床材を剥がしているところ。なんと!キャンバス作り放題じゃないか・・・と興奮した。ソリの強いものや割れ目があるものは避け、ちょうどいい1枚の床材といくつかの角材を頂く。

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表面の汚れを落としてから電動ヤスリで表面を平滑に整えていくと、上の写真のように一気に白っぽい肌になったので驚きだ。蘇る素材というのは尊い!!

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1枚の床材がきれいになったら、大きな凸凹を避けながら、絵の描きやすいサイズへカットしていく。きれいな木目が側面にあったので、これは残すことにした。元の床材の幅もそのままに、なんとなく描きやすそうなサイズにしたら4枚のキャンバスができあがった。感無量。

ちなみに、ここまでの作業は一人では決してできなかった。木曽平沢にワークスペースを構える建築家さんのおかげでしかない。松本市や塩尻市内で建築教室をされているので、近隣で古民家活用などなど考えている方はぜひ!


絵の土台作りって?

アナログで絵を描く人以外は広く知られていないようだけど、実は絵を描く土台作りというのは色々種類があって、それなりに決まった作り方というのがある。(表現方法は自由だから何を使ってもいいし何に描いてもいいけれど、まあ一応)

たとえば水彩画の場合、大量の水を使うのでそのまま描くと画用紙がブヨブヨになってしまう。「え?大量の水?」と思うかもしれない。簡単に言うと学校の図工の授業以上にめちゃくちゃ水を垂れ流すし、描きながら霧吹きをかけたりもするのだ。そのため、学校で使う画用紙に比べたらかなりガッシリと分厚い画用紙を使う。分厚い画用紙をしばらく水に浸けてから、ベニヤ板や厚みのある木製パネルを包み込むように紙を伸ばして張り、テープで固定させる。それを乾燥させた上で絵を描くのだ。

余談だけどこの一連の作業はそれなりに手間であり、パネル張りした後に「よーし!」と意気込んで描いた絵をしくじると、かなりダメージは大きい。。。

前置きが長くなってしまったけれど、大抵は画材屋さんでツルピカの木製パネルを買うところ、今回は古民家の廃材を使わせてもらうことにした。

さらに今回はブドウで絵を描くと決めたので、水彩画と同じように画用紙を木材に張ってから絵を描く方法をとった。


画用紙の水張りをする

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さて、50年越えの木材だ。アクはもう出ないと思う。けれど展示する作品なので念には念を。木材からのアクが表面に滲み出ると、絵を汚す原因にもなるからだ。

まず木材パネルの上に厚めの和紙を貼り、アク止めすることにした。和紙が一層あることでバリアとなって表面の画用紙を守る、という構造だ。わかりやすい説明がこちらのWebサイト;

和紙を貼ってみたら、木材パネルの角が多少すり減っていることで作業がやりづらかった。角が甘くなっていたのだ。本番の画用紙を貼る前にすり減っている部分を石塑粘土で整えた。

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十分に乾燥させた後、ようやく本番の画用紙を張る。本番の分厚い水彩画用紙を水に浸す。十分に紙が伸びてから、木材パネルを包み込むように紙をのせ、裏で専用のテープで止める。

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画用紙が十分に乾くと、パリっとして気持ちのいい描画面となる。こうして、絵を描くためのオリジナルのキャンバスが出来上がった。


展示した結果、絵が歪んだ

廃材をキャンバスにして展示した結果、絵は歪んでいった。こちらが展示開始前の設営時の状態。表面は平らでパリっとしている。

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しばらくして地域の方が送ってくれたのが下の写真。表面が明らかに歪んでいた。

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ちなみに、会場に展示したのは2枚だけ。ボツにした残りのキャンバスは手元にある。展示している2枚だけが歪み、手元のキャンバスに変化はない。同じ条件で水張りをしたにもかかわらず結果がちがうということは、水張りが原因ではないのだ。

これは想像でしかないけれど、木が元々の丸みに戻ろうとする力なのだろう。木材のソリ、元々の木の丸みに戻ろうする力だ。50年を越えて床材として生きて、まだ自らの形を変える力があるとは...  これには心底驚いた。絵が歪んだのは悲しいけれど、感動した。


木が戻ろうとする力

わたしは2つの原因が相まって、恐るべき木の力を助けたと思っている。

1つは重力。展示中は手前に絵が傾いているからだ。展示状態は真横からみた図が下記の感じで、歪んだ方向は矢印の通り。絵がおじきするように傾いている。おじぎしている上部の重さと重力が、木の戻ろうとする力を助けたのかもしれない。まるで体の背を丸めたがるように。

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もう1つは水分。水彩画では大量に水を使う。この水分を吸って、木が元気になったのかもしれない

展示していない手元のキャンバスに変化はない、と記した。それらとのちがいは展示中の重力だけでなく、もう1つある。それは描き込み具合。絵の描き込み途中でボツと判断したので、キャンバス上で重ねた絵の具の量・水分量が少ないのだ。

すべてのキャンバスに対して画用紙の水張りまでは同じ条件なので、「絵を描き込む」「展示する」という2点が結果を分けたとしか思えない。


自然の力、すごい

感想はもうこれしかない。自然の力よ、すごいよ。50年以上前に木材として切り出されて住まいの一部になっていたのに、まだまだ生きていたのか。その事実を見せつけられたこと、知れたことはわたしにとって収穫だと思っている。

しかし、わたし個人がどう思おうと他の人にとって展示作品の「美しさ」としては期待されたものでなかったかもしれない。一方で、古民家の廃材であった木が戻ろうとする力を含めて観てもらうことに意味があるかもしれない。

もしこの歪みを事前に防ごうとするならば、ヤスリがけをする時点で完璧に木材のソリを検証してもっと緻密に修正するべきだろう。そして、歪みが見えやすい紙張りではなく、木材に直接描いて硬化する強い画材(アクリル絵の具)を使うべきだろう。それでも木の力が勝てば表面がヒビ割れするかもしれない。

予期せぬ結果をどう捉えるか?どの状態をいいと感じるかは鑑賞者に委ねたいと思う。

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展示は現在長野県塩尻市の《えんぱーく》にて2月7日まで開催中です。アーティスト・イン・レジデンスの主催であるANAの公式HPからも観ることができます。

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