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「AIアリス」第三話

シーン1 剛の事務所

剛:アリスのビジュアルに使うのは、この子
 剛、モニター上にアリスの写真とプロフィールを映し出す。アリス 身長162㎝ 体重45kg メン強
剛:実はもう、オーディションという名目で、フィリピンから招いているんだ。(マイクに向かって)アリス、入りなさい。
入室するアリス。
剛:名前と、年齢と、身長と、体重を言って。
アリス:アリスです。16才です。身長は162㎝、体重は42キロです。
剛:(麻美に向かって)訊いてみたいこと、ある?
麻美:日本語御上手なのね。
剛:そりゃそうだよ。
アリス:孤児院でもスクールでも日本語使うことが多かたです。
麻美:そうーーじゃ、好きな歌を歌ってください。
アリス、アカペラで突然歌い始める。ひどい歌声。
剛:今の、なんて曲。
アリス:テイラー・スウィフトの「シェイクイットオフ」です。
剛:まったくわからなかったなあ。
麻美:日本語の歌は?
アリス、歌い始める。
剛:いいよもう。ちなみに、なにその曲
アリス:君が代。
剛:わかんねえよ。
麻美:アリスさん、もっとこっちに来て
アリス:はい(麻美に近寄る)
麻美:右をむいて――反対側をむいて――左を向いて――しゃがんでみてーー
剛:(麻美に向かって)もういい?
麻美:うん
剛:じゃ、もういいよ。出てってーー「はい」は?
アリス:はい
剛:あと、こういう時は「ありがとうございました」っていうの。意味わかんなくていいから。
アリス:ありがとございました
麻美:なるほど、難しいねこの子。姿勢も悪いし、動きが全部ダラーッとしてるっていうかーー(プロフィールを見て)メン強なんだ
剛:そう。今の時代それ重要ポイント
麻美:この子に私の話し方を教えるってこと?
剛:きみにはマネージャーとしてアイドルたちに指導をしてもらいたいけどね、アリスについては、ただ教えるんじゃない。AIにまず、麻美の話し方を登録して、アリスが話すことは全部君の話し方に変えるんだ。
麻美:私の話し方ってーー
剛:僕はね、コンサートの最中や、君が出演するラジオを聞いていて、どうしてひどいことを言っても嫌な感じがしないのかずっと気になっていたんだ。それで、買ったに分析させてもらったんだけどーー麻美の話し方は才能だ。実はすでに、君の話し方を分析している。

 回想:ソファーのような椅子に座る人の図。

剛:ここ五十年の日本の女性アイドルの話し方を、残された音源から加工し、同じ声質にそろえた。被験者百人に、同じ内容、同じ声質で言葉を聞かせて脳波を測定したところ、君の声が最も人を心地よくするという調査結果が出たんだ。
 君の声は好感度が高いだけでなく、指導にも向いている。君に言われたことは心地よく素直に受け止める人が多いからね。
麻美:その割には、好感度ランキングで上位に選ばれたこともないし、不倫が発覚したときにはワイドショーでもコテンパンに扱われたし、SNSは炎上状態だったしーー
剛:好感度を決めるのは話し方だけじゃないからね。でも、スキャンダルが起きた時も君が自分の声で釈明すればもう少し違う結果になってたはずだ。
 実際、ひどい内容を聞かされたのに、僕は君を嫌いにならなかった
回想:剛と麻美が話し合うシーン
麻美:でも、話し方とビジュアルだけじゃ、人気アイドルになれると思えないんだけどーー
剛:もちろんそうだ。でも、意外と重要な要素なんだ。例えば――
 剛は女性歌手のPVを再生し始めた。美人で、歌もダンスもうまい。
麻美:誰、これ
剛:10年前に、大手事務所から大金をかけてデビューさせた歌手だ。広告費をものすごく使ってたから、街頭の大型テレビ、テレビやラジオやインターネットのCMや街頭でこの曲を聞いたことがある可能性は高い。
麻美:いや、ぜんぜん覚えがないけど
剛:そうなんだ。測定した結果、彼女は95%の人が美人と感じることがわかっているし、アンケートもコンピュータによる分析でも、これほど高い数値が出ることはめったにないっていうくらい音域が広く、歌がうまい。ところが、彼女の話すのをきいて不快に感じる人が非常に多い。彼女のビジュアルを美人と感じる人が95%いるが、そのうちの半数は彼女の顔が記憶に残らないとも感じている。脳波を測定したところ、4割の人が彼女の顔から緊張と不安を覚え、不快に感じていることもわかった。総合的に計算したところ、彼女が人気になる確率は20%しかなかった。実際、彼女の事務所はデビュー以来5曲をたいへんな広告費をかけて発売したが、すべて大赤字で終わっている。

麻美:タカシスクールって、ウェブサイトで、練習風景の動画を掲載してるでしょう。私、そこで、この、アリスって子たまたま見たんだけどーーやっぱり今も覚えてる
剛:そうだろ。この顔はただの美人っていうより、覚えられる上に、印象がいいんだ。
麻美:でもこのアリスって子、すごくやる気なさそうだった
剛:練習風景ってことは、歌やダンスの練習だろ。この子はどっちも得意じゃないみたいだからな。でも、彼女の場合、ビジュアルだけやってもらえばいい。この子にはすでに心理試験をクリアしてる。ネット上で、どれだけ炎上しても耐えられるはずだ。
麻美:たしかにそれは役に立つ能力かも知れないけどーーじゃ、歌やダンスはAIでなんとかなるっていうの?
剛:もちろん。まずは、ボーカルだけど、すでに、タカシハウスの子たちの歌声を計測している。いちばん好感度が高い歌声を持ってるのがトモミーーそうだ、スタジオに行こう。

シーン2 剛のスタジオ――昼
剛と麻美が近づいていくと、歌声が聞こえてくる。
麻美:すごい
自動ドアが開くと、歌声がぴたりとやんだ。おとなしそうな少女、トモミがおどおどした目をして剛と麻美を見る。
剛:トモミ。この人の前で歌って欲しいんだ。歌える曲はある?
 恐る恐るだが、トモミはフィリピン語の曲をいくつか歌った。
麻美(心の声):この子、すごいかも
麻美:あの、私にわかる曲だといいんだけどーー女の人の曲で、世界的に有名なの、歌ってみてくれない?
 マドンナかシンディーローパーあたりどうかな
トモミ:(しばらく考えた後)テイラースウィフトかビヨンセなら
麻美:『Shake it off』知ってる?
トモミは頷くと、カラオケアプリをセッティングして歌い始めた。
麻美:すごい。ただうまい、というんじゃなくて、魅力的な声をしている。少し舌っ足らずなところがかえって興味をそそる。しかし、ひどく引っ込み思案で、彼女を人目につくところにずっといさせるのは難しい気がする。
剛:ありがとう、トモミ。じゃあ、一緒に社長室に行こう。
麻美と剛、二人でスタジオを出る。
剛:今の歌声が、タカシスクールの子の中で、好感度がいちばん高い。単にただうまいかどうかで言ったら、もっとうまい子はいるけどね。
麻美:たしかに、なんだか惹きつけられるっていうか、心に残る声ね。
剛:ただ、歌う時以外は、極端な引っ込み思案でーー(インカムマイクで)トモミ、来なさい
 自動ドアが開き、朋美の姿が見えるが、慌てて引っ込むトモミ。
剛:しょうがないなあ
麻美:もしかしていまのがそう?
剛:そう。人見知りが激しいんだ
麻美:え? あそこまでひどいと、無理じゃない?
剛:トモミはひどい里親のもとに預けられて、ずっと虐待されてたから――そういう子を使えるようにするのも、俺らの使命だと思ってる。
 で、ダンスはね、この子なんだけどーー

 剛が新たな動画を再生する。歌い踊るオリヴィア。olivia、と動画の隅に名前が入っている。
剛:オリヴィアっていうんだ、この子はもう、モアルボアルのホテルで働いてて、ハワイのホテルからスカウトがあって、そっちで働く話が決まったから、駄目って。
麻美:なあんだ。じゃあ、どうしようもないじゃない。
剛:でも(映像を再生しながら)、すでに彼女がダンスしている映像は、いろんな方向から撮影したのがたくさんある。これを分析して編集して、アリスの着てる衣装で再現して組み合わせていけばいいから、しばらくは問題ない
麻美:それって――
剛:オリヴィアのダンスを盗む、ってことだ。
麻美:バレないの?
剛:大丈夫。今はハワイのリゾート施設にあるステージで人気のオリヴィアが世界的に有名な大スターにでもなったら危ないけど。
 それと――
麻美:それと?
剛:オリヴィアはかつて、美人局をやって稼いでた。ほかの子と組んで、相手を脅迫してね。オリヴィアがまだストリートチルドレンだった頃だ
麻美:クリーンなイメージで売っていかなきゃいけないから、そういう子はできるだけ関わらないほうがいいわね
剛:うん。問題はアリスだーー(マイクに向かって)アリス、バッグを持って、もう一度来てくれ
アリス、入室する。
剛:そのバッグを出せ
アリス、躊躇する。
剛:いいから早くーー(奪うようにしてアリスからとったバッグを開け、逆さにすると、財布やアクセサリーが出てくる)
剛:盗んだろ、これ、ぜんぶ。
アリス:盗んでません
剛:いや、盗んだに決まってるじゃねえか。アリス。いい加減にしろって言ったろ。
麻美:あ、これ(自分の財布を見つけ、中身を確かめる)、私の――いつの間に?
剛:アリス、これとこれは元に戻せ。これはどこからだ?
麻美、アリスのプロフィールにある小さな字を眺める。「窃盗癖、虚言癖。ストリートチルドレン時代、窃盗犯に入っていた。個人売春の過去あり」
麻美(心の声):(アリスを見ながら)この子、ヤバくない?


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