見出し画像

「AIアリス」第二話

シーン1 オフィス―夕方
麻美のスマートフォンの画面「君にアイドルをやってほしい」
麻美(心の声):私はもう40歳。アイドルなんてできる年じゃないし。引退してずいぶん経つのに。剛は、ドラッグで逮捕されて、謹慎してる間に、頭がどうかしてしまったんだろうか。TYS事務所?
麻美、剛からのメッセージに描かれていたTYSを検索する。
麻美(心の声):えっ? この曲も、この曲もTYS作曲ってなってる。めっちゃ活躍してるすっごい売れっ子作曲家ってこと? まさか、剛がTYSってこと? とりあえず、会ってみよう。ボカロPやってるって噂は本当なのかーー剛が元気かどうかだけでも確かめたいし。
シーン2 剛の事務所―夕方
麻美(心の声):ええと、TYS事務所ってここよねーーえっ?(大きなビルに驚気ながら、受付を通って中へ入り、社長室へ向かう)
剛:(サングラスを外して)やあ麻美、久しぶり
麻美:(立派な社長室と落ちついた剛に驚きながら)剛? TYSって剛なの?

剛:そう。僕は今、TYSって名前で活動してる。もうね、自分の本名を出して活動するのはやめたんだ。曲を出すたびに、あっちこっちで「ヤク中の曲」とか「不買運動を起こしましょう」とか、ネット上のあっちこっちに書かれるのが嫌になってね。それなら実力で勝負してやろうって思って。
 謹慎中に、AI技術にも詳しくなった。すでにこの事務所からは、僕の作った曲を歌わせて、何人も人気YouTuberを出してる。
 剛、手元のパソコンで自分がヒットさせた人気YouTuberをモニターに映し出す。
麻美:じゃあ、わざわざ私みたいな年増女を相手にしなくていいんじゃない? 私はもうアイドルなんて年じゃないし――
剛:そうだね。
麻美(心の声):なにそれ。私に会って、この人にアイドルやってほしいなんてどうかしてたって思ったのかしら。何かの間違い? そりゃ、間違いよね。いまさら私をアイドルにしたいなんて、本気にしちゃったことが恥ずかしい。アイドルの賞味期限なんてたかが知れてる。もうそんな年じゃないなんてこと、とっくにわかってたのに。

麻美、がっくり、と肩を落とす。
麻美(心の声):ほんの少し、期待していた自分がいる。情けないーー
剛:麻美をそっくりそのまま取り入れたAIアイドルを作りたいんだ
麻美:私を?
剛:そう。
麻美(心の声):ピーチフィッシュは三曲だけ売れた。でも、一度炎上したらもう、すっかり悪評だらけになって、任期はすぐに凋落した。ひどいレビューばっかり書かれて、目も当てられなくなって、解散するしかなかった。私の顔を覚えてる人は、私がまた活動したら、悪評をあちこちに書き散らすに決まってる。私にそっくりなアイドルなんて、売れるわけじゃない。なんて、こんな立派な事務所をやって、何人もヒットさせてる剛だって、わかるだろうに。
麻美:もっと高い目標にしたら?
剛:僕の目標は君が思ってるよりずっと高いつもりだよ。
麻美:じゃあ、何も私そっくりにーー
剛:(笑いながら)そっくりって言っても、取り入れるのは、君の、いいところだけだよ。
麻美:え?
剛:僕としては君の話し方をそっくり取り入れたい。もちろん君がよかったらの話だけどね。それとーー
麻美:それと?
剛:タカシハウスってわかる?
麻美:(どうしていきなりタカシハウスの話が出るんだろう、と戸惑いながら)あの金持ち慈善活動家、山本隆が運営する、フィリピンの孤児院、タカシハウスのこと?
剛:そう。山本隆が建てたのは、タカシハウスって孤児院と、タカシスクールっていう学校があるんだけどーー僕の事務所には、これから、タカシハウスで育った子たちが何人か所属することになってる。君はその子たちの、マネージャー役をやってもらいたいんだけど、どうかな?
麻美:えっ。私、そんなのやったことないしーーうまくいく見込みを全く感じないんだけど
麻美(心の声):なんだ。やっぱり私がアイドルになるわけじゃないってことか。
剛:これはね、至急、やらなきゃいけないことなんだ。山本隆のことはどこまで知ってる?
麻美:なんとなくーーその人って、すごいお金持ちなんでしょう?
剛:今はね。でも、もともと彼は単なるバックパッカーで、孤児院でボランティア活動をしていた学生でしかなかった。彼があれだけの金を集めて有名な慈善活動家になったのは、裏社会にも通じてる上に、世界有数の富豪とつながりを作ったからだ。彼の建てた孤児院にはね、日本人の血を引いた子が、ずいぶんいる。山本隆が建てたタカシスクールのことは知ってる?
麻美:ウェブニュースでちょっと見たことあるけど。テレビ番組にでも紹介されてたみたいね。
剛:そう。そこでは現地の先生たちを雇って、ダンスや歌の練習に力を入れてる。タカシハウスの子やストリートチルドレンもそこで育ててるんだ。
 でもあと数カ月で、タカシハウスもタカシスクールも危機に陥る
麻美:どうしてそんなことがわかるの?
剛:山本隆の告発記事が出たんだ。今はまだ、タカシハウスの子たちが犯罪集団のメンバーだった、ってくらいしか報じられてないけど、すでにタカシハウスが運営するために欠かせなかった寄付が集まらなくなっている。
 これから山本隆についての告発がシリーズ化してウェブニュースで掲載されることが決まっている。逮捕されるのを見込んで、もう山本隆は逃亡してるって噂だ。
寄付金で運営されていたタカシハウスもタカシスクールも、存続が危ぶまれているところなんだ。すでに経費を持ち逃げして行方をくらますスタッフが出てる。
 それで、実はーー僕自身がタカシハウスで育ったんだ。
麻美:あなたが?
剛:そう。タカシハウスには日本人の親を持つ子供がたくさんいる。現地のフィリピン人と日本人の間に生まれた子供が大勢いて、僕は、それだ。
日本人の有力者が隠し子を預けることも多い。山本隆の人脈でね。
 それで、僕のところにお鉢が回ってきた。タカシハウスとタカシスクールを存続させるためにーー
麻美:そんなこと、できるの?
剛:名前を変えるんだ。アリスっていう、社会的な意識の高いソーシャルアイドル、アリスを作り上げる。タカシハウスとタカシスクールは、アリスハウスとアリススクールに名前を変えて、アリスが建てたことにする。もちろん運営もアリスがやってることにするんだ。
麻美:そんなことで解決するの?
剛:タカシハウスとタカシスクールこれまで定期的に大口の寄付をしてくれていたが、今回の件でうちきりにしたがっている団体や個人のいくつかにヒアリングしたんだ。アリスハウスとアリススクールに名前を変えて、山本隆を運営から外すんだったら、今後どういう記事が出ても寄付を続けるといってる
麻美:それで、ソーシャルアイドル、アリスな訳ね。
剛:そう。早急に、アリスは人気や知名度を獲得しなくちゃいけない。フィリピンの孤児院や学校を建てて、運営してるといっても、違和感がないくらいに。
麻美:じゃ、社会的意識も高くなくちゃね
剛:そう。。正義感があって、人間味のあるアイドルじゃなきゃいけない。AIだってバレないようにしてね。
 好感度が高いだけじゃなく、クリーンなイメージを保つ必要もある
麻美:じゃ、私なんかが関わったら、まずいじゃない。愛人問題で落ち目になって引退したアイドルなんてーー
剛:もちろん、君のビジュアルは使わない。アリスのビジュアルに使うのは、この子
 剛、モニター上にアリスの写真とプロフィールを映し出す。
麻美:なるほど、この子ーー



#創作大賞2023 #漫画原作部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?