あだ名は「健さん」


テレビや映画を見て、泣いたり笑ったりしますよね?
その裏で本気で泣いたり笑ったりしている人がいるんです。

「世界一キツイ仕事かもしれない…」

私は寝不足と空腹と疲労感で意識朦朧としながら、手から滑り落ちそうになるカチンコを必死で握っていた。

そう、助監督である。

私は映画大好き女子で、寄り道を経てから憧れの助監督の仕事に就いた。
年すでに28歳であった。
パシリの助監督としては遅いスタートである。

「毎日芸能人に会えて華やかな世界!!」

なんて思われがちだが、日々怒られ、走り回り、クタクタになり、また怒られる。
きらびやかさは、微塵もない。

不器用な私は特に…

「助監督の仕事ってなに?」

この説明を始めたら何マン文字あっても足りないので、「こんなのも助監督の仕事」というのをご紹介したいと思う。


まず、台本が渡される。


ページをめくる瞬間のワクワクと、それを上回る緊張感…
なんたって助監督は脚本家のたった一行に振り回される。
そこに書いてあることを具現化するのが仕事だから。

台本を読み、ひたすら勉強する。
医療モノ、刑事モノ、料理モノ、ギャンブルモノ、時代モノ…
取材や打ち合わせを重ね、その業界に詳しくなる。


■こんなのも助監督の仕事です其の1「子役オーディション」

台本の一部を使って子供に芝居をさせる。その際母親役や友達役を演じるのは助監督。芝居が上手くないと監督からダメ出しが入る。
「え?私の芝居?」

■こんなのも助監督の仕事です其の2「台本の××」

台本によく「××ホテル」なんて書いてある。この××を埋めるのも助監督の仕事。架空のホテル名を探すのって意外と難儀。
ある時困り果てて決めた名前が
「Royal Jardin Twilight Hotel(ロイヤルジャルダントワイライトホテル)」。
我ながら立派な名前をつけたもんだ。

「なに?ロイヤルジャルダントワイライトホテルで殺人事件?!」

気難しくて有名なベテラン老年俳優が電話に出る第一声。
きちんと言えるまで何テイクしたか分からない。
いつキレられるかとビクビクしたのは言うまでもない。

■こんなのも助監督の仕事です其の3「ていうか、NOという選択肢はない」

休憩中。
「5分で飯食え!」
「はい!」

オフィス街ロケ。
「エキストラ少ないな!お前OLになってそこ歩け!」
「はい!」

動物園ロケ。
「おい!ゾウの顔こっち向けさせろや!」
「はい!」

夏ロケ。
「セミちょっと黙らせてこい!」
「はい!」


真冬の地方ロケでは誰よりも早く現場に入り、吹雪の中駐車場の雪かき。
都会のロケでは急ぐサラリーマンに平謝りして通行止め。


ある時、カツラで有名だったベテラン俳優さんの帽子がずれていた。
「◯◯さんの帽子、直してこい」
カツラだと知ったのはロケが終わってからだった。
「はい!失礼します!」グイっ!

後ろで真っ青になっていたメイクさんの顔が忘れられない…
カツラ外れてたらと思うとけっこう笑えない。

海外ロケ。
現地のエキストラさんに拙い英語で指示を出す。
「ヨーイどん、でここから向こうまで歩いてください!」
「イエス」
「監督のカット!が聞こえたら戻ってきてください」
「イエス」

そして彼は2度と戻らなかった。

モロッコの砂漠ロケではこんなこともあった。
ラクダ使いのベルベル人に指示を出す。
「今のカットはオッケーです!」
「じゃあお腹すいたから飯食ってくる」
「まだ終わりじゃないから!!」

帰ろうとするラクダ使いを必死で止めた。

一つの失敗でロケ場所が飛ぶ、今日撮影できない、なんてことになるとウン十万、ウン百マンの出費になることもある。
責任重大だ。

とにかく、クランクインしてからは毎日が戦争
始発で新宿に集合。ロケバスに乗って撮影場所へ。1日走り回っては怒られ、どやされ、凹む。でも凹んでる暇もない。移動があれば束の間の睡眠時間。夕方以降撮影が終わり、スタッフルームに戻る。翌日のロケ用の割本(『わりぼん』という、ロケ場所の地図や台本、情報が載った冊子)を作り、撮影準備。

家に帰れればラッキー。お風呂に入れれば御の字。
翌朝はまた始発で出発。そんな日々。

疲労、寝不足、空腹、緊張感との戦い。
ドMじゃなきゃやっていけないそんな世界。
それでも監督になるという夢を抱えてひた走る。

器用な助監督さんはサード(助監督)、セカンド、チーフと昇進していき、チャンスがあればメガホンも持たせてもらえる。
あまりの不器用さに「健さん」という恐れ多いあだ名まで頂いていた私は万年サード助監督というのが目に見えていた。

何度も、
本当に何度も辞めようと思ってクランクアップを迎える。

「◯◯組、本日の撮影をもちまして、オールアップです〜!!」

スタッフ、役者、総出で拍手喝采。
監督が役者さんに花束を渡し、監督も花束を受け取る。
満面の笑顔。
この上ない開放感に包まれる。
「今すぐ帰りたい」と思っていた現場が急に懐かしくなり、散々怒られいがみ合ったスタッフさんとも笑顔で乾杯。

そして渡される次の作品の台本。
「次、◯◯監督だよ、やるだろ」
「はい!」

食い気味に答えている自分がいる。

もうやめよう。もうやめよう。
同世代の女子は彼氏がいるか、結婚しているか、子供がいるか。
いなかったとしてもオシャレして、ネイルなんかしているはずだ。
歩くとカツカツと音のするヒールを履いているんだろう。
私はもっぱらニューバランスのスニーカーだ。
履き心地よく、走っても滑らない。なんたって「新・バランス!」

限界を迎えた始発電車で荒れてささくれだったボロボロの手を写メる。

「これを見て辛い現場を思い出すんだ、未来の私!」


「来月から映画やらないか?」
「やります!」


懲りないのである…

私はこれを「ロケ中毒」と呼んだ。
死ぬほど辛い思いをしても、体を壊しても、一度終われば達成感に満たされ、やめられなくなるのだ。麻薬だ。

そんな私があっさり「やめよう」と思えた出来事は実に唐突に訪れた。

ロケバスから見えた光景だった。
民家から出てきたおじいちゃんが、つっかけサンダルにヨレたポロシャツを着て、じょうろを手に玄関前の花に水をあげていた。

びっくりするほど羨ましかった。
「私も植木に水をあげたい!!」
意味不明な欲求に駆られた。

今思うと人間らしい生活がしたくなったんだろう。

現場から足を洗わせてくれたのは紛れもない定年退職じいさんだった。

あれから10年–。
今年38歳を迎える私はミャンマーで映画を作っている。

自分でも意味がわからないが、足を洗えたと思っていたのは間違いだった。
気づいたら結婚もし、来月子供も産む。
それでも映画を作る。

もう、洗う必要なんてないじゃないか。
好きなんだから。

なんの後悔もない。
やっぱり映画が好きだ。
人を泣いたり笑わせたりする映画が好きだ。
そのために泣いたり笑ったりできるなんて幸せじゃないか。
不器用でもなんでもいい、恐れ多いが「健さん」と呼んでくれ。


#キナリ杯

#映画
#助監督
#ミャンマー





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