Logan berry
We are under attack !!
鳥との戦いが続く毎日。我が家の横の庭は、二等辺三角形の南向きの土地で、私はここでズボラな家庭菜園を展開している。今週から塀に這わしたローガンベリーが一気に熟れだして、鳥たちが楽しんでいる。
ベリー好きの旦那さまは、「早く採ってしまわないと、無くなるよ」とせかす。自分で採ればいいのだろうが、私のテリトリーなので、後から私に何か言われるのは嫌らしい。
ヨーグルトの空き容器を片手に庭に降りる。昨日は20%位だった熟し具合が、全体の半分くらいにがなっている。
茎にも葉っぱにも棘がある、トゲトゲのローガンベリー。採るのに細心の注意を払わなければいけないのに、実を引っ張っても上手に採れない。実は、とても柔らかいので、潰さずに採るのはラズベリーより難しい。
そのせいかスーパーではお目にかかる事はない。柔らかすぎるフルーツは、輸送に向かないのかもしれない。
甘酸っぱいこのローガンベリーには、個人的な思い出がある。
そもそもこのローガンベリーの苗はお隣のお庭から侵入してきた物だった。
「ローガンベリー、食べたことないの?」
シドは「僕がここに登ったことは内緒だよ。」と言いながら、小さいハシゴで裏庭の高くなっている所に上がって、なっていた赤い実をいくつか取ってきてくれた。
私が旦那さまとその家に引っ越したのは、キプロス赴任の半年前。他人に貸すので、急いで荒れていた庭の体裁を整えていた頃、隣近所ともよく塀沿いにおしゃべりした。
我が家は5軒と境界を接していて、シドの家は、我が家の裏庭がシドの平屋の屋根と同じ高さくらいの関係。境界を仕切る木製フェンスのペンキ塗りをシドの家の庭からやらせてもらった。あの頃は奥さんのベリルも健在で、二人は、我が家が建つ前は羊の放牧地だった事や、フェンスは無くてヘッジ(垣根)でハリネズミがよく来ていたことなどを話してくれた。
4年後、キプロス赴任から戻るとベリルは乳がんですでに他界していた。
きっかけは覚えていないが、ある日シドがお茶に呼んでくれた。ポットで入れたティーにビスケット。確か94歳だったと思う。長身でスラリとしたシドは、年より若く見えた。足元はふらつく事があっても、自分の身の周りはだいたい自分でこなしていて、あとは近くに住む娘さんがちょこちょこ来ていた。
「ティーポット。久しぶりに使ったよ。」
そう言って、お茶を入れてくれた。
長いこと社交ダンスをやっていて、ベリルと二人で仕事のあとにダンスに行って、足腰立たないくらい練習していたとか。ベリルが競技用に素晴らしいドレスを自作していたとか。
「癌になってね、あっと言う間に天に連れて行かれてしまったよ。」と、言った時のシドの言葉に、なんて返事をするのが良かったのか。
ベリルが途中まで作っていたクロスステッチの花の刺繍が壁に飾ってあり、「娘が仕上げたんだよ。」と言っていた。
シドは小さな菜園を持っていて、初心者の私に「こうやればいいよ。」「これなら簡単に育つよ。」と色々教えてくれた。そうしてローガンベリーの話になった時、転んだりするとオオゴトなので、登ることを(多分娘さんから)禁止されている庭の高い所まで実を取りに行ってくれたのだった。
それからかなり経って、シドと顔を合わせた時、「待ってたのに来なかったね。」と言われてザクリと胸に矢が刺さった。
私が次の水曜に来ると約束していたらしい。私には覚えのない約束であったが、私の英語力のせいで起こった勘違いかもしれない。
シドは、ビスケットとポットにティーを用意して、私が来るのを待っていたらしい。
私達はお隣だけれども、土地の高さがかなり違うせいで、ヒョイと声を掛けたりできない。ちゃんと玄関へ行こうとするなら、急な坂を歩いて10分はかかる。私は行けるけど、高齢のシドが我が家に来るのは大変なのだ。なのに電話番号も交換していなかった。
確か謝って、もう一回お茶しに行ったんじゃなかったか。もう、この頃の記憶は消去したくて曖昧だ。
寂しいシドを、一人で待たせてしまった。
それは「I am sorry」では取り返せない過ちのように感じた。
私は罪悪感からシドを避けて暮らした。もともと接点はあまりないし、我が家からはシドの家の屋根しか見えないので、避けるのは簡単だった。
そうこうするうちに、また海外赴任になり、挨拶もそこそこに、イギリスを離れてしまった。
3年半後、私の家庭菜園はフサフジウツギの生い茂るジャングルになっていた。
シドの家には、新しく一人暮らしのお婆さんが2匹のシツ犬と暮らしていた。
雑草を切り開いて、塀にたどり着くと、ローガンベリーが勝手に育っているのを発見した。
ローガンベリーは新しい枝を何メートルも伸ばし、先のほうが地面につくと、そこから根を出して増えていく。シドの家から来たことは間違いなかった。棘が一杯で片付けるのも厄介。そのまま放って置いたら花を付け実が採れた。
本当は棘が嫌いなんだけど、面倒見ずともどんどん育つので、柱を立てて枝を結んで、古い枝を払って、と、ちょっと手をかけたら塀一面の株に成長した。
お友達の子供たちはトゲトゲにもひるまず、果敢に実を採っては、喜んで食べる。そんなわけで今年も豊作だ。
気をつけていても棘に指を刺される事がある。そんな時は、待ちぼうけを食わせたシドに、仕返しされているような気がする。
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